平日の昼時。五条と任務先が近くなり、早々に祓除が終わったので昼食を取ろうと落ち合った。
お互いの場所から見えたという理由で選ばれた大きな商業施設は、レストランフロアが広くて様々なお店が選び放題だが、空腹だけど食べたいものが浮かばない私達には選択肢が多すぎた。
案内板を見下ろし、テキトーに歩いて気になった店に入ろうぜ、と言う五条の提案に乗ってフロアを歩く。揚げ物、寿司、和食、ラーメン、カフェにカレーにバイキング。お店を見ればみるほど選択肢が増えて行き、さらにすれ違う人の多さに五条は顔を歪めた。

「定食屋はパス。サラリーマン多すぎ」
「しっかりランチタイムと被っちゃったなぁ」
近くのオフィス街から流れ込んできたサラリーマン達が、すれ違うたびにチラチラと五条の顔を見てさっと目をそらす。五条もガンつけかえしてるんだろうな。目立つ丸サングラスに髪の色も相まって、人が多い場所だとガンガン見られる。でも目立つから不躾に見てもいいってわけじゃない。おっさんを回避するためにカフェゾーンの方へ五条を連れ出した。

「飴食べる?さっき補助監さんにもらった」
「先輩食べないの」
「口内炎できてるから」
店が決まるまでもう少し時間がいるだろう。コーラ味の飴を渡すとすぐに口に放り込んで、ウマい、サンキュ。と呟いた。
「プラプラした社員証。全員もいでやろうかな」
「カメラに映らないようにね。牛タン屋とかどう?かなり空いてるよ」
「んー……もうちょい軽めがいい。牛タンってまあウマいけどさ、よく単独でやれるよな」
「まあじゃない。かなりウマい。肉界のうなぎ」
「それは言いすぎでしょ。でもうなぎより牛タンがウマい」
五条があっさりうなぎを見捨てた時、その足が止まった。カフェゾーンとご飯モノの境界にある店のショーケースを、五条はじっと見ていた。そこに並んだ器の中には豚ロース、揚げ玉、キャベツ、ネギなどの具材がきれいに盛られ、最後に中央に輝く卵黄が落とされていた。他の器もほとんど同じレイアウトで、豚ロース部分がチーズだったり海鮮だったりと違う。

「何コレ」
五条が首を傾げる。
「お好み焼きだよ」
「なんで焼く前の状態でディスプレイしてんの?」
「自分で焼くお店だからかな?あとソースぬっちゃったら見分けがそんなにつかないし」
「店なのになんで焼かされんの?」
「……なるほど」
そういう。まで言いかけた所で店のガラス越しに中の店員さんと目があった。
「いらっしゃいませ、おふたり様ですか?今ならすぐにご案内できますよ」
お店の中から出て来てくれた彼は、いかにもお好み焼きを焼くのが上手そうなバンダナに黒T、腰エプロン。店内は空き気味で五条をジロジロみるおっさんもいない。
「どうする?先輩」
「お好み焼き好きだからいいよ」
「ソース、口内炎にしみねえの?」
「いま治った」
「あ、おふたりはもしかして学校の先輩後輩カップルですか?もしカップルでしたら、本日カップルデーでドリンク1杯無料ですよ!」
「僕たちカップルです〜」
五条は私の両肩を後ろから掴んでお店に押し込んで行く。即決かい。

▼ ▼

ソファ席のテーブルの中央には大きな鉄板が作り付けられていて、店員さんが着火するとすぐに熱気が上がってきた。メニュー表には流石にできあがったお好み焼きの写真が載っていて、外ではしなかったソースの香りが鼻をかすめ、他のお客さんが焼くじゅうじゅうという油の音が聞こえてくる。
「めっちゃ腹へって来たわ……」
「わかる。これ、並で1枚分らしいから1.5枚分の頼もうかな」
「あ、俺も。ところで店なのになんで焼かされんの?」
「焼いてもらうのも多分できるけど、名前の通り、お好み焼きは自分で好きに焼くものだったから、コレが店として成り立つスタイル」
「へぇー……知らなかった。そういや店でお好み焼きって食ったことないわ。祭りの屋台くらいかも」
「……だったような。適当言ったかもしれないから後でググる。で、焼くのはめんどかったら私がまとめて焼くから五条は何にする?」
「せっかくだし別の種類頼もうぜ。先輩が先選んで」
「じゃー……イカ玉」
「俺は豚玉……に桜えび追加で」
「初めてで絶妙なトッピング行くなあ。本当に初めて?」
「食べたことないけど、桜えび入ったら匂いと食感良くなんじゃん」
なるほど。桜えびってそういうのを楽しむときに入れるものなのか。てっきり彩り的な何かだと思ってた。
五条は自炊回数が少ないのに美味しいものを作ることが多いのは、良いもの食べて育った味覚だけじゃなくて、食べたものの種類も多いせいか。でも五条が望む香り高い桜えびがここで出るかといったら多分出ない。

オーダーするとすぐに材料が入ったボウルが届く。本当に切っただけかよ、と五条が言う前に店員さんから2つとも受け取った。
「どうすんの?」
「鉄板でボウルの中身焼くだけ。油敷いてもらえるかな」
油が入ったステンレスケースを五条は手に取ると、たっぷりと油を含んだ刷毛を鉄板にぬりつける。鉄板は熱々なので、すぐに油は弾けた音を上げた。
まずは五条の豚玉から焼くか。ボウルから豚バラだけよけて具材をかき混ぜ、偏りが出ないようにしたあと鉄板に落とす。落としたそばから水と油が反応して、じゅうじゅうと激しい音を立てた。ボウルと一緒に来た大きなヘラ2本で縁のはみ出しを中に押し込むようにして、きれいな正円になるように修正する。これはしてもしなくてもいいが、丸い方が美味しい気がする。
それにしてもこのヘラ、大きくてかなり殺傷力が高そうで呪具とかにありそう。高専に来てからというもの、こういうもの見ると殺傷能力を必ず考えてしまう。職業病だ。
しばらくすると表面に気泡がふつふつとできて、全体の水気がなんとなく固まって来たら残していた豚バラを表面においてひっくり返す。じゅわぁと大きな音がして、豚バラの脂が鉄板の上に染み出す。空腹がすごい。メロンソーダをすすると、五条も同じようでサングラスの向こうの目が爛々と私の持つヘラに向けられていた。
「絶対“やって”たろ……」
「“やって”たわ……中学の友達の家がお好み焼き屋でさ。コンビニとかファミレスが学校の帰り道になくて、よくそのお好み焼き屋に放課後集まってたんだよね。じゃ、この状態で一旦待ち」
五条は頷くとコーラのストローに口をつけたが、すぐにグラスの中は空になった。真夏の任務の後はそうなるよなあ。私のお好み焼きと一緒に飲もうと思っていたメロンソーダも、少しだけ少しだけと飲んでたはずなのに、もう半分くらいになっていた。
五条はストローから口を離すと肘をついて、私の顔を真っ直ぐ見つめて来た。
「どうしたの?」
「……あのさ先輩。痩せた?」
「最近忙しいから管理できてなかったかも。そう見える?」
「頬とか少しやつれてる。ちゃんと飯食ってる?」
「あんまり意識してないけど……ちょっと夏バテ気味かもしれない。五条はどう?食べてる?」
「俺は平気。……それさ、忙しいんじゃなくて、なんか悩んでて胃に入んないとかじゃないよな?」
どうかな。と返事をしそうになって飲み込んだ。五条の口元は引き結ばれて眉間には少しだけ皺が寄り、瞳は不安そうに揺れていたから。

「ごちそうさまでした!」
小学生くらいの子供の大声が店内に響く。真っ昼間の小学生。そうか、夏休み。夏なのは分かっていたけどあまり日付を気にしていなかった。今は8月だ。
夏真っ盛りの去年の今頃、傑の食欲が無くて、五条が気にしていたと硝子ちゃんが言っていた。
私が高専を卒業して約5ヶ月。夏が近づくにつれて五条からのメールや電話が増えたのは、単純に五条が寂しくなったのかと思っていたし、今日の昼食に声をかけてくれたのも偶然だと思っていたけど。

「悩みなんて忙しいくらいしかないよ。夏バテ解消に今日はいっぱい食べようかな。……付き合ってくれる?」
少し間があって、五条の口角が上がって目が細まる。
「山ほど食おうぜ。俺も今限界まで腹空いてるからめちゃくちゃ入りそう」
追加オーダーを頼むために五条はメニュー表に手を伸ばした。
鉄板の上のお好み焼きが焼ける音も細かく小さくなってきた。焼き上がりの合図だ。ひっくりかえしてソースを丁寧にむらなくぬりつける。マヨネーズ、かつお節に青のりはお好みでかけてもらおう。

▼ ▼

食べた。久しぶりにめっちゃくちゃ食べた。
豚玉、イカ玉、ミックス玉、もち明太子玉、チーズコーン玉、最後にもう1回豚玉。全部半分にわけたとはいえ1.5人前ボウルだ。
飲み物もドリンクバーを追加して、3時間居座ってがっつり食べた。1人でいると食事というよりは栄養補給になってしまい、味も気にせず無心で食べてしまうので久しぶりに人と食事できてよかった。お好み焼きもたくさん焼けて楽しかったし。
意外だったのは、五条が焼くのにハマったことだ。楽しそうに生地を鉄板に落としてひっくり返す姿は、遠くの席の女子大生グループの視線を集めていた。何やっても様になるなぁ。
でも「自分で焼いたのより、なまえ先輩が焼いた方がウマいわ」と言って五条が焼いたのを私が食べて、私が焼いたのを五条が食べた。焼き具合、途中から私のとほとんど変わらなくなってきて、術師界隈の「強い術師、体を使う技能が大体上手い説」がまた立証されてしまった。

「何飲む?」
「コーラにオレンジジュース入れてきて」
「了解」
じゃんけんに負けてジュースを取りに行く途中で、店の一角に写真が貼られているのを見つけた。有名人でも来たのかなと思えば、写っているのはカップルばかりで、その手には茶色のくしゃっとした何かが握られている。なんだこれ。近づいてよく見ようとすると「すみません」と声をかけられる。振り返ると、チェキを持った店員さんが立っていた。
「もし良かったら彼氏さんとチェキ撮ってここに貼りませんか?チェキキャンペーンで次回使える3割引クーポンをお渡ししてるんです」
「……あー……記念に、みたいな感じですかね?」
「そうです。皆さんにリピーターになってほしくて。こちらのカップルさんとか、もう15回も来ていただいてて」
指の先にあったのは、今にもピンを跳ね返しそうに重なった15枚のチェキだった。写っているカップルの手には、あのくしゃっとした茶色の何かが2つある。
「あの、この茶色……」
のはなんですか、と聞く前に、店員さんの後ろに五条が立っていた。
「何の話?」
振り返った店員さんが驚いてチェキを落としかける。やめろ。立ってるだけで普通の人には圧がすごいんだよ。190cm以上は。
「カップルでチェキ撮ってお店に貼るキャンペーンに参加すると、割引クーポンがもらえるんだって」
「ふーん……このチェキって貰えるんですか」
五条が尋ねると店員さんは素早く何度も頷いた。
「カップルさんにもお渡ししてますよ!あんまりカップルで来てくださる方いないんで、ぜひお願いします」
「もらえるんなら撮りたい。記念に撮ってもらおうよ、なまえさん」
首をかしげ、長いまつげをバサバサとはためかせて、五条は後輩ぶった声を出した。

お店の看板とショーウィンドウが入るように五条とべったりくっついて笑顔を作る。五条が見切れるのか、店員さんはものすごく後ろに下がってチェキをかまえた。
そういえばちゃんとカメラでツーショット写真撮るのって……あんまり、いや初めてかもしれない。五条を見上げると嬉しそうに笑っていた。写真撮られるの、嫌いじゃないんだな。
どちらかというと五条は、いつも傑や硝子ちゃんや私を携帯で勝手に撮っていた側で、自撮りは笑いのネタくらいにしか撮っていなかった。
「あ、すみません!忘れてました。この子をおふたりで持ってもらってもいいですか?」
店員さんが持ってきたのは、カップル達が持っていたあの「茶色いくしゃっとした何か」だった。持ってみると柔らかい。綿が少ないぬいぐるみ……いや座布団に近い。表は茶色で少し濃い色の刺繍がされていて微かに凸凹があり、裏はのっぺりした黄色。小さな手足がついていて、つぶらなひとみで笑顔を浮かべている。
「うちのマスコットのお好みくんです!10回チェキ撮ってもらうと1つプレゼントしてるので、もし気に入ったらまた来てくださいね!」

▼ ▼

「五条先生、これ何?」
事務室にノート提出に来た虎杖、釘崎、伏黒は、ノートを受け取った五条のデスクの上に力なく前のめりになっている布を見つけた。
書類やパソコン、タブレットが置かれた片付いたデスクの上で、それは話題にされるのを待っているかのようにくしゃりと曲がっている。
「あーこれね。お好みくん。今はもう潰れちゃったお好み焼屋のマスコットキャラだったんだよね。結構かわいいでしょ。なまえの部屋にいたから懐かしくて持ってきたの」
「ニッチなぬいぐるみね……綿入ってないの?」
「この安っぽさがいいんじゃないの野薔薇。そうだ見て見て」
五条はスマホの画面を3人に見せる。どこかの部屋に貼られた、お好み焼き屋の前でお好みくんをふたつ持って笑っている約10年前の五条とみょうじのチェキを撮った画像が映し出されていた。
「カップルで10回行ってやっともらったんだよ。コレ」
「へー!先生、この頃からなまえさんと仲いいのな」
「なまえさんと付き合ってないのにカップルで行くのは詐欺じゃないですか?」
「丸サングラスかけてる人、リアルで初めて見たわ」
「恵と野薔薇はもう少し僕の青春を讃えたコメを頂戴よ」

2022-04-20
- ナノ -