※虎杖くんシリーズ主人公が虎杖くんに食事を奢るミッションの任務飯


酔ってベンチで寝ていた私を介抱してくれた男子高校生、虎杖くん。
お礼に食事をごちそうするため落ち合った2回目で、好きな店行って良い?と言うのでついて行くと、仕事終わりの大人が憂さばらしにやってくる居酒屋街、有楽町ガード下に来ていた。「パチ屋でおっちゃんに出る台教えたらココで店やってて。何度か食べに来たから味は保証する!」とニコニコ笑顔で話すけど、ツッコミどころ多すぎるんじゃ。虎杖くん千鳥好きそう。いや、モノマネ系が好きかな。

上はガードの天井。左右は壁のように居酒屋が軒を連ねていてトンネルみたいだ。話し声や呼び込みが狭い中で響いて跳ね返り、色々な食べ物の匂いが混ざる中、照明や提灯の明かりが煌々と輝いている。いつ来ても不思議なところだ。
通路に面してガラスをはめた壁やドアを作っている店もあれば、ビニールカーテンだけで仕切っている開放的な店もある。観光客なのか子連れの姿はちらほらいたけど学生服はさすがにいない。虎杖くんは迷うことなくするすると人波を歩いて行き、地味な色の暖簾がかかったお店の引き戸を開けた。
細長いお店の中は手前が店主と向かい合うカウンターで、奥が座布団に座る座敷席。座敷はすでに埋まっていてグループが立派なお鍋を囲んで飲み会をしていて、カウンター席はふたり連れやひとりでちびちびとお酒を楽しむ人がいる。お鍋の店かな?

「おっちゃん、久しぶり」
「おぉ、悠ちゃんじゃねーか!よく来た!何食う!?」
カウンターの客と話していた店主は、虎杖くんに声をかけられるとぱっと笑顔になる。おっちゃんと呼ばれ、声にもハリはあるけど、見た目は70前後の印象だ。
「なまえさん。俺の好きなの頼んでいい?絶対ウマいから」
「いいよ。なんでも好きなもの頼んで」
そう返事をすると虎杖くんはあっさりと「いつものアレ2つちょうだい」と注文を通す。頼み方が常連なんじゃ。

「エビッデカ!?」
「でしょ!すごいエビデカだよな」
「衣で増してないし。純粋なるエビデカ」
暇な時間のマックかよという速さでやってきた海老天丼は、サクサクの衣を薄くまとった大きな海老がどんぶりの上にふたつも寝転がっている。海老天にも下のご飯にも甘辛いタレがかかっていて、早い話タレとご飯だけでもいける。そのくらいタレも美味しい。あと衣が薄い分さくさくが足りないのでは?と思うと海老天の下に天かすのベッド。最高。
「えー……美味しい」
「よかった!」
デカエビ天とご飯を交互に食べながらニコニコ笑う虎杖くんを見た店主、思わずにっこり。
なんか……この子、ヤケに高齢者にモテるんだよな。今日で会うの三回目なのに“多い”って思うくらい信号待ちとか通りかかった商店街でよく話しかけられてるし、困ってる人の助けに行ってるし……。
「虎杖くん、ホント美味しそうに食べるね」
「実際ウマいじゃん」
「それはそのとおり」
店主、また虎杖くんの言葉ににっこり。もしかして孫みたいに思ってるのかな。
「ここって天丼メインのお店?」
「いや。メインはモツ煮込みとラーメンなんだけど、酒頼むとつまみは色々おっちゃんが勝手に出してくれるから……なんていうかなー、色々出る店?天丼も俺が好きっていたら作ってくれた」
確かに。そういえばメニューがない。カウンターの向こうには恐らくラーメンとモツ煮の寸胴鍋が3つもあるけど、店主は座敷席向けにお造りを出したり、カウンターの人にポテトサラダを出したりと、お客さんと話しながら色々なものを作っている。こんなお店あるんだなぁ。それにメインじゃない天丼が美味しいなら、料理全部美味しいでしょ。
「なんか虎杖くん、人の運が強いよね」
「そっかな?……いや。マジそうかも」
「思い当たる節あるの?」
「俺さ、あんま良くない理由で急にこっちに来たんだけど、よく考えたら同級生も担任の先生もいい人だし、上司みたいな人も頼りになるし……それに道歩いてただけでなまえさんに会えたし」
「……まーでも、実際のところ、君がいい人だからみんなも優しくしたくなるんだろうけど」
「マジ?照れる。……照れたら喉乾いてきた。なまえさん何飲む?」
「生ビール。でも未成年は飲んじゃダメよ」
「え!?」
「え!?じゃない。いい友達と先生がいるのに退学になるようなマネしちゃダメでしょ」
やっぱパチンコ行ってる少年が飲んでないわけないか。
しょぼくれた「押忍」が返ってきたけど、天丼食べてる間にみるみると元気になった。それでこそ男子高校生だ。

天丼を食べ終わりそうになったころ、何人かが外から中の様子を見て残念そうに去っていくのを繰り返している。
確かにこの店は1軒目より2軒目向け。1番いいのは1人で静かに飲みたいとき向け。だから満席なら肩も落ちるよね。特に今日は金曜日だし。
「悠ちゃん、カニの足食べてかねぇか。100円で良いよ!」
「えっ!?食う!!!!」
「なんで天丼食べに来てカニが100円で!?」
「悠ちゃんウマそうに食うから嬉しくなって。彼女さんも連れてきてくれたし、お祝いに食ってけよ」
「ありがとうございます。やったね悠ちゃん」
「ゆ、悠ちゃん!?」
悠ちゃん顔真っ赤にして照れてやんの。法は破るけど、異性から下の名前で呼ばれるのは恥ずかしいタイプか。カニを100円で食べられるなら、私は彼女でも友達でも姉でも妹でも母のフリだってするよ。

どんぶりが下げられて大皿に乗って来たのは、湯気あふれる丸茹でのカニ。そしてキッチンバサミ2本とポン酢が瓶ごと私たちのカウンターに置かれた。
「ミソ詰まってる体の部分はダシに使うから残しておいてくれよ」
「ワァ……わかりました」
「なまえさんからめっちゃかわいい声でた」
「カニの前ではみんなこうなるの……。100円っていうから足が1本くらいかと思ったら、これ然るべきところで食べたら100倍するコースのメインじゃん。私が剥くから悠ちゃんは食べな」
「か、カニってどうやって食うの?」
「初カニ?」
「初じゃないけどかなり久しぶり」
私はキッチンバサミを持ち、大皿のカニをひっくり返す。
「まず腹と足の間にある薄黄色のやわいところ、ここが関節ね。ここにハサミを入れて足を切り落とします」
関節にキッチンバサミの先を突き立ててバッサリと切り落とす。立派な体に合う大きな関節で、断面を見ると身がしっかり詰まっているけど殻もそのぶん厚い。
「で、足を解体するよ。切った根本の断面からハサミを突き入れて先にむけて切っていくの。最後まで切れたら断面の方に戻って、さっき切ったラインの反対側を同じように先まで切る。そしたら蓋をあけるみたいに、ぱかっと殻が開くわけ」
実演するため断面にハサミを突き入れたが、ハサミを閉じようとしても殻に刃が入らず、ただ殻の上を滑っていく。殻が硬すぎて刃がたたないのだ。両手でハサミを持ってさらに力をいれたけど、水気があるのでますます刃が滑る。こんな強いカニ、よく捕まったな?
「硬いか?立派だもんなあ。ハンマー使うか?」
店主がラーメンの仕込みに使っているハンマーを渡そうとしてくれた時、虎杖くんが手を上げた。
「なまえさん、貸して。俺がやってみる」
「トゲみたいなのあるから気をつけてね」
虎杖くんは太い足を受け取ると両手指で掴み、しげしげと根本から先まで見た。

べきっと木が折れるような音がした。
「え???」
「いけそう」
なんと指圧だけで殻にヒビをいれた。そして根本から先まで、まるでパピコでも揉んでるみたいにカニの足に力をいれて細かいヒビを作った後は、ゆで卵の殻を剥くようにぺりぺりと殻を外す。すぐに無傷でつやつやのぶっといカニの足の身が出てきた。
「すご……」
「なまえさん食べてよ。俺が剥くから」
「いやいやいや。天丼でだいぶお腹いっぱいだから、2本くらいでいいから!虎杖くんが食べてよ」
「じゃあ、俺がヒビいれるからなまえさんが剥いてくんない?」
虎杖くんがヒビを入れてくれた後の足はさっきまでの抵抗が嘘みたいにキッチンバサミの刃が通るので、あっというまに殻を開くことができた。きれいに剥けた身をお箸でつまむと、抵抗なくぶるんと殻から外れた。このまま食べちゃってもいいけど、虎杖くんへのお礼に来てるし、そもそも店主の虎杖くんへの愛が詰まったカニだし。
「やっぱ最初は悠ちゃんが食べるべきでしょ。こっちむいて、あーんして」
「あ、あーん!!?」
「疑問形で口閉じない」
「あーん!!」
復唱してくれたのでいい感じに開いた口にカニを入れると、虎杖くんは長いこと咀嚼して「……あんま味、わかんなかった……」とぽそりとつぶやいた。
「若いうちからの飲酒が味覚を蝕む……」
「なまえさん、それちょっと関係ない」
「年上の美人な彼女できてよかったなあ、悠ちゃん。大事にしろよ。また連れてきてくれ」
「悠ちゃん、顔硬いよ。私があーんしたカニ美味しくなかった?」
「ア、イエ……おいしいデス……」
「いやいや、悠ちゃんはいつもニコニコしていい男なんだけど、たまーに見せる孤独そうな感じが男前なんだよ……この感じは大の大人でもだせねえわ……」
おっちゃんまさか、孫と思ってるんじゃなくて、ガチのファンなの。
「おっちゃん!マジいいから!他のお客さん見て!」

虎杖くんは店主を追い払うと、積み重なったカニのむき身を吸うように食べた。
「食べるの上手いじゃん」
「元々下手じゃないよ。なまえさんがからかうからじゃん」
「このカニ、カップル割みたいなニュアンスだから……ちゃんとカップルをやりとげないと……」
「……ウマいねカニ。もっと小さい頃食べたときはさ、カニは黙って食うもんってじいちゃんに言われて黙々と食べてたから、こんなカニ楽しく食ったの初めてかも」
「私も。大人になって出るカニはね、大体上司との会食で楽しくなく食べるからカニだから、楽しいカニは貴重だよ」
「じゃあ、また俺と食おうよ」
「いや普通のお店だと価格的に無理。おごれない」
そう言うと、えぇ……と明らかに虎杖くんは落ち込んだ。しまった。高い食べ物の味を思い出させてしまった。しょうがないので店主にお願いしてダシに使うと言っていたカニの腹を買い取って(彼女価格500円)雑炊にしてもらい、虎杖くんに食べさせた。
「美味いんだけどさぁ……」とぱっとしない顔ですする。やばいな。フグ刺しとかに目覚められたらどうしよう。流石に奢れない。

男子高校生、お店で食べるカニの価格が分からない。

2022-04-02
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