フェニックス・ロベリニーが等間隔で佇んでいる大通りのホテル郡は、夕日を浴びてその縁だけが赤く輝いていた。
行き交う人々は私とシャルナークみたいなTシャツにパンツという軽装もいれば、バッチリ着飾った人、ビーチから出てきた下着みたいな薄着、見てるこっちが息苦しくなるようなスーツだったりと様々だ。
普段から多様性があるヨークシンシティのファッションの奇抜さが更に加速するのが、オークション近くのこの時期である。今年は仕事で行くかなと思ってたけど、依頼はなさそうだ。あったとしても機嫌よさそうに横を歩いている男のせいで断るしかないのだけど。

「食べたいものある?」
「できあいのもの買うなら、反対に行ったデパートの地下のデリに行くのが1番早い」
「常連?」
「まあまあ」
「でもこっち来ちゃったし。ないならオレが行きたい店でいい?」

肯定で返せば、前から行きたかった店があったんだよね、と楽しそうに歩いている。
これはもう、警戒、集中、と気を張っている方が無駄だと分かった。どうせ警戒したところでジャンガリアンハムスターがゴールデンハムスターに、程度の変化だろう。私の能力も、使えるタイミングを失ってしまったので対処も不可能だ。普段通りにいこう。こいつは遊びに来た非常識な知り合い程度に付き合っていこう。

メインストリートから1本、2本とそれて、大通りの喧騒と地面の温度が和らいだ白い石畳が続く道を歩く。店主が1人でやっている規模の店がひしめく中で、「ここ」とシャルナークはゆびを指す。青いガーデンハットを持つ小さなオープンテラスの店だった。
ここは私も仕事で来たことがあって、ご飯も美味しいし、内装も落ち着いてて好きだ。シャルナークが二言三言、店員と話してカウンター席に通される。渡された赤い布張りの手書きのメニューを2人で覗きこむ。

「んーオレ、とりあえずヒューガエビのバジルグラタンと、チーズリゾットと……あと海鮮盛り合わせかな」
「……私はイカのフリッター」
「店員さん、ヒューガエビのバジルグラタンとチーズリゾット2人前、海鮮盛り合わせ……も、2人前と、あとイカのフリッター。なまえ、酒飲める?ん。じゃあワインのこれ、ボトルで」
「もしかして来たことあるの?」
「ない。でもキミが紹介してたから、行きたいなと思って目をつけてたんだよね。なまえさん。ギャスパー・ロベルトさんと呼んだほうがいいかな?」





ヨークシンシティに本拠地のあるマフィアが持っている骨董品がほしいと団長が言いだした。
そうデカい仕事でもなかったのですぐに終わると思っていたが、在り処を調べるために使っていたパソコンが壊れた。適当に盗んで来たもので扱いも雑だったし、しょうがないと、新しいのを獲りにアジトを出た日だった。

普通のノートパソコンで良かったけど、ラッキーなことに通りがかったマンションに、気になっていた新発売機種が搬入されて行くのを見つけた。
エレベーターの止まる階を確認。搬入先の部屋に先回りして、住人顔して、はいゲット。
マンション買う予定はないけど、購入するときはセキュリティがきちんとしたところにしよう。
ノートならその場で盗ってたけど、デスクトップパソコンだからね。置く部屋込みで手に入ってよかった。
入った部屋はなんの変哲もない、強いていうなら散らかってない部屋で、大きめのパソコンデスクの上に、ケーブルがまとめておいてあった。手早くパソコンを設置すると、机の上にはUSBハードディスクがあったことに気がつく。

興味本意で中身をみたら、結構な量の写真と動画の数々。それと膨大なテキストデータ。
その文章には見覚えがあった。というか、つい先日、目にしたものまで入ってる。その内容は毎月欠かさず読んでいる旅行雑誌に寄稿しているライター「ギャスパー・ロベルト」の原稿そのものだった。彼のコラムは面白く、ファンと言っても過言ではない。雑誌を手に入れたら1番にページをめくって真っ先に読んでいる。平凡な観光地から、広告に力をいれているホテル、レストラン、新装開店の店など、題材が「場所」以外はノンジャンルだ。

あまりのタイミングの良さと偶然の重なりに、ここの住人は雑誌編集者で、データを持っているのではと考えたが、メールソフトの移行データがその可能性を消した。新しいパソコンに移行して中を見れば、編集とのメールのやりとりが山ほど入っていた。ギャスパーは写真も動画編集も1人ですると書いていたので、このパソコンが妙にメモリやいいグラボを積んでいるのも説明がつく。だが気にかかるのはこの部屋、女が1人で住んでいるとしか思えない。

一体どういうことか。
ギャスパー・ロベルトは女だった?彼は記事の中でレストランの評価もする。古いシェフは女の舌はあてにならないと、性別だけで評価に文句をつけるやつもいるという。そう考えると、素性や性別を偽って仕事をしているという可能性も無きにしもあらずだな。





「やっぱりキミがギャスパー・ロベルトだったんだ。オレ、ファンなんだよ。もしサイン会あったら行くくらいには好きだよ」

運ばれて来た料理を取り分けながらシャルナークは上機嫌にそういった。
仕事からライターネームまで把握されるのは最悪から3番目の状態である。ちなみに1番最悪は死、2番目は完治しない負傷。どぉりで……どおりで……シャルナークが頼んだものが、私の頼もうとしたものとダダかぶりしたわけだ……。この店について書いたときに紹介したメニューだ。他にも何品か食べたが、特に良かったと書いた料理だ。それにこいつが妙に馴れ馴れしく、友好的だったのも説明がつく。
しかしファンです、といわれて喜ばない物書きが居るだろうか。居るかもしれないが、私は悪いが喜ぶタイプの人間である。

「どうも」
「ゴーストライターかなと思ったけど、なまえが全部書いてるの?」
「うん」
「写真とか動画の撮影から編集も全部1人で」
「うん」
「へー!すごいね」

嬉しいがここでニコニコはできないので、わざとぶっきらぼうに答える。こうやって話していれば本当に、本当に普通っぽい人間なのだ。私だってこれが、今ホントにこのレストランで偶然出会った読者だったら、もっとたくさん話してるし、嬉しいし、興奮するけど、家探しされてバレましたという状況がなんとも苦々しい。

「はいワイン、はい乾杯。あ、これうまいね」

パクパクと食べていく。ペースが早い。それにもう追加を考えているのかメニューを開いた。横に座って触れ合う自分と彼の二の腕を見てあらためて思った。負ける。ワインを飲んだ。美味しい。
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