目が覚める。彼は昨晩と同じ体勢のままパソコンを叩いていた。
起き上がって洗面所に立っても特に何も反応せず、よどみなくキーボードが叩かれるばかり。
集中してるのか意識されていないのか。どちらでもいいが、気が変わって殺されないかとひやっと背筋がしびれた。凝をしてちらりと見れば、おはよ、と一言。

「そんなに警戒しないでよ。殺る気だったら最初あった時にしてた。わかるでしょ」

にこにこと笑う顔は控えめに言っても好青年である。
ため息がでそうだ。悲しいの方で。空き巣じゃなくてもっと、雰囲気の良いレストランで普通に話しかけてもらってれば最高だった。

冷水で顔を洗ってさっぱりすると、1日の流れを体が覚えているのでお腹がすく。そういえば昨日は何も食べてなかったなあ。ベッドに戻って朝食のためにマグカップを取ると、空き巣のも空になっていたので一緒に下げた。別に親切心ではない。「あ、オレも飲む」とキッチンに来られても嫌だからである。
冷蔵庫の中は荒らされた様子もなく、買い込んだ食材が一昨日と同じく行儀よくならんでいた。バターロールを出そうと冷凍庫のドアを開けようとして息が詰まる。中古で買ったこの冷蔵庫、冷凍庫のドアが固いのだ。

「弱くない?」

筋肉の動きがもろに昨日の傷と神経につながり、まともに腕に力が入らないのである。いつの間にか後ろに立っていた空き巣は、冷凍庫を代わりにあけて、バターロールの袋を取り出し、キッチン台へ置いた。

「オレ5個」
「…」
「オレも何も食べてないんだって」

こいつ本当に空き巣か?という馴染みっぷりだ。バターロールをトースターの網の上にのせれるだけのせたら、8個入ったのでタイマーを回すと、空き巣はフライパンをコンロへ乗せる。

「目玉焼きとか作ってもいい?」
「私はつくらないです」
「……なんか元気ないね?」
「オメーが空き巣だからだよ!!」
「あはは、そっちがいい」

元気な女の子の方が好き、というと勝手に冷蔵庫をあさり始め、ほどなくして目玉焼きとベーコンとロールパンの、非常識な人間にしては常識的な朝食ができあがった。
彼は皿を両方持つと、パソコンデスクに置いて作業しながら食べ始めた。ぱっと見れば、朝から仕事してる同居人。なんだかなあ。のせられてるよなあ。ベッドをソファ代わりに座ってちょっと塩気の強いベーコンを噛みしめた。ロールパンは1個取られたけど、皿は空き巣が洗ってくれた。



掌握されきった自室で特にすることもなく、朝食を終えてベッドに戻り、彼の「ちょっと」が過ぎ去るのを待つ。私の仕事はパソコンありきなので、パソコンをとられるとまともに仕事ができないのだ。やることもない。
私の手に届く範囲である机上には、読みかけの小説や冷えた白湯の入ったマグカップ、携帯。そして湿布薬と鎮痛軟膏が追加された。さっき「ちょっと出てくる」と空き巣が出て行って、飲み物などと一緒に買って来たものである。

私が軟膏塗って湿布を貼って(軟膏のせいで、湿布の貼り付きは悪いしそもそも貼っていいのか?)いるのを見た空き巣は、今のところ骨は無事だけど、つつけばヒビはすぐ入ると思うよ、と楽しそうに言った。湿布と軟膏買ってきてくれたときはちょっとイイやつか?と思ったけど5秒で撤回した。
しょうがないので、今は買って積んでた雑誌を読んで、メールチェックだけ携帯でしている。携帯の使用を禁じられないのは驚きだったが、サスペンス映画でよく被害者が試みる、脱走、望みをかけた警察への通報、隣人への声かけとかは、助かる希望があるからするものだ。そもそも警察が来た所でこの男を止められない。殉職させたくない。昼に空き巣が買い物に出た時に脱走するという手もあったが、このマンション……買取なんだよなあ……。人質ならぬ家質を取られている。
あっちはあっちで、こっちが黙ってれば無害だ。今は「ちょっと」を待ちながら傷の治りを待つしかできない。

「なまえって仕事で動画制作でもしてるの?」
「……いろいろ。手広く」
「へぇー。待ち時間できそうだから、ソフトの移行とかしとこうか?面倒でしょ?」
「いやいやいや、いいから帰ってくれ」

だよね、と言うとキーボードに戻る。なんとなく生かされてる意味が分かった。息抜き要員だ。



日が暮れたころ、「晩飯買いに行こう」と空き巣は肩の筋を伸ばしながら言ってきた。

「そんな顔しないでよ。こんなことしたけどオレはキミと友好的にやりたいと思ってる」
「ふつう友好的にやりたい人間の家に空き巣はしない」
「しつこいなー!しょうがないでしょ、入らないと中の人間どんなかなんて分からないし」

やはり会話の軽さといい、恐らくこういうことを日常的にやっているんだろうなと、あらためて思わされる。多分普通にやってるから、私に普通に話しかけられるし、普通にこの家で過ごしていられる。いまさらだけど犯罪者じゃないか。
普通じゃない知り合いは何人かいるけど、さすがに犯罪行為には手を染めていない気がする。しかし外にでるのは願ってもない幸運だ。助けを求める気も宛もないが、気分転換にはなる。「ちょっと」が、あとどのくらいかわからない以上、ストレスは発散できるときにしておいた方がいい。一応走りやすいスニーカーを履いて、玄関を開けると、一昨日の面倒な雲は私を置いてどこかへ行ってしまって、夕日がとっぷり水平線に沈もうとしていた。

「眺めいいね、もしかして結構稼いでる?」
「コツコツためて、ここ買った時に使い果たした」
「そうなの?」
「だから部屋に危害くわえるなよ」
「部屋なんだ」
「空き巣さあ」
「うん」
「何系?」
「ちょっと待って、空き巣ってオレのこと?」

ちゃんと呼んでよ、と空き巣はエレベーターの下ボタンを押す。

「ちゃんと名前呼んだら教えてあげる」
「シャルナーク。何系」
「操作系」

操作系……操作系……?ある意味今1番こわいやつかもしんないじゃん……鳥肌のたつ腕をさすると、寒いの?上着取ってくれば?と言う。な、なんてやつだ。
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