雲があつく空を覆って、雑巾の最後のひと絞りのような雨が降っている。
止むか止まないかはっきりしない雰囲気は、頭の上にモヤがかかったような不快さである。雨用のパンプスとはいえ、びちゃびちゃと水たまりを踏むのも気持ち悪い。

携帯をバッグからひっぱりだして気がついた。まずい、1日勘違いしていた。今日は新しいパソコンが届く日だったのである。指定した時間を3時間もすぎて、再配達を頼んでも明日になってしまうだろう。明日のゴミ出し日に合わせて、荷解きをしたかったけど間に合いそうにもない。ため息と入れ替わりに入る濃い湿度が肺も重くした。

マンションのエントランスを抜けて、エレベーターで8階へ。
角部屋の私の城をあけると思っていた以上に湿度がなく、カラッとしていた。
暗がりの中で目を凝らすと、どうやらエアコンをつけっぱなしにしていたらしい。良かったような悪かったような。靴を脱ごうと前かがみになると、宅配便の伝票が床に落ちていた。

なぜある。

家の外ならまだしも、家の中にある。頼んだグラボやメモリをガン積みしたカスタマイズパソコンのお届け伝票が。受け取らなきゃ手に入らないものなのに、なんで中にあるんだ?
急いでドアを出て鍵穴を確認したが、こじ開けられた形跡もない。狭くて短い廊下を抜けてリビングへ入ると、パソコンが机の上に組み立てられていた。
置くように準備していた机の上に、繋ぐために用意していたケーブルがすべて使われて。配線は適当だが、間違ってはいない。ダンボールや梱包材は部屋の隅におざなりに放り投げられていた。
まるで誰かが勝手にパソコンを受け取って、とりあえず使うために組み上げたような設置状況。パソコンの型番を確かめると確かに頼んだものだった。

その時である。キュッと後ろから音がした。そうだ。天気と混乱で全く気がついてなかったが水音がする。
誰かが私の部屋でシャワーを浴びている。まてまて、そしたら今度開くのは脱衣所の扉じゃないか?脱衣所の扉はリビングに直通である。
空き巣?空き巣って勝手に荷物受け取ってくれて組み立ててくれるの?勝手にシャワーも浴びるの?急いでつけた部屋の電気を消すと、オンになっていたパソコンの緑のランプだけが暗闇で光る。
やばいが、やばいような、やばくないような。ポケットにあったボールペンを取り出し
上部にオーラを集中させた。風が頬を撫でる。窓ガラス割って入られたのか。空き巣ドン、確定です。まだここに入居して1週間も経ってない。



「へぇー驚いたな。持ち主が念使いだったとは」

やばいし、やばいし、とにかくやばい。
扉を開けて出てきた上半身裸の男は、私を見るときょとんと目を丸くした。
たぶん、歳、近いなと思いつつ、みぞおちめがけてボールペンを発射。
完全にノーガードだったのに、男は「おっ」と声を上げると暴れたジャンガリアンハムスターを捕まえるかのごとく、気楽にボールペンをつかんだのである。
参った。なんせただの一般人の空き巣と思っていたので、その後の対応を考えてなかった。オレンジ色に変わる太陽の光をうけて、そいつの目がきらきら輝いていたのがわかった瞬間、あっというまに世界が逆転した。

「離せ!!すぐに!!」

「嫌だよ、オレ武闘派じゃないしね」

足首を掴まれて持ち上げられてしまった。補助付き逆立ちをしているような体勢で両手を踏ん張っている。この男、声のトーンの割に体格がいいのである。持ち上げられれば、そのうち浮く。その時だった、ポケットに入れていた財布が落ちて小銭が派手な音をたてて散らばった。
しめた。

左手を床から離して小銭を1枚掴み、念をもう1度小銭に貼り付けて吹っ飛ばす。
近距離、スピードも乗せた。
しかし男は今度もさして驚いたような素振りは見せずに、私の足首をつかんだまま、おもいっきりのけぞった。私の体も一緒に大きくしなり、このコース完全に、小銭、私に、あた。



目が覚めると、男がベッドサイドで私のマグカップを使い、コーヒーを飲んでいた。腕をあげようとすると、ズキリと神経を直に触られたように痛む。

「やめなよ。胸の色ヤバいよ」

そっとブラウスの上から触ると同じ様に痛む。あの小銭が私の胸にあたって、そのまま気絶していたらしい。空き巣に背を向けて中を確認すると、まるで小惑星のような色になっていた。ご丁寧に枕の横にあった携帯(と財布)を確認すると日付が変わっている。

ね?と男は笑うが笑えない。なにやってるんだこの男。
勝手に私がまだ1回しか使ってないマグカップで紅茶飲んでるし、1LDKの部屋の端っこにおいていたパソコンデスクは部屋の真ん中に移動してベッドに横付けされ、相棒の椅子は私の頭の横にあって、こいつが座っている。

「そんな嫌そうな顔しないでよ、オレだって狙ってやったわけじゃないんだから」
「狙わないと空き巣しないでしょ」
「その怪我の方。確かにここに入ったのは狙ったよ。だって、ちょうどこの前出たパソコン触りたいなと思ってたら、通りかかった目の前のマンションに配達されてきて、ラッキーだよね」
「全然ラッ」
「大声禁止。怪我に響くって」
「つまり、窓から入って、同居人のフリして受け取ったの?」
「そうそう」

あ、割った窓は張り替えたし安心しなよ、と視線を向けた先には朝(というか昨日の朝)と同じように問題なくガラスがあった。

「キミも念能力者なの…」

肺が上下するだけで怪我に響くので、努めて小声で言うと、男はうん、と気軽に頷いて作業を進め始めた。

「オレちょっとしたい作業があるだけだからさ。やることやったら出て行く」
「………」

同じ念能力者だから分かることがある。この絶対的な力量の差。そもそも家に入ってシャワー音に気づくまで、存在が分からなかった時点で私の負けなのだ。
しかも気絶してるという絶好の機会に殺されてないなんて、ボールペン撃った時と同じようにジャンガリアンハムスターくらい無害、取るに足らないと思われたのである。
こうなるとパソコンを初めてつかう権利程度が取られて、命が取られなかったのが不幸中の幸いである。

本人は伸びをすると「あー疲れた」と言って勝手にキッチンに立つと、マグカップをふたつ持って戻ってきた。

「はい」
「……どーも」

粗品でもらったマグカップをお前が使えよ。と言いたいが、気が変わって首飛ばされたらたまったもんじゃない。大人しく受け取ったものを飲む。うー痛い。

「プリンター使いたいんだけど、コピー用紙ある?」

キッチン横の棚の下の段と伝えると「コピー用紙、キッチンにしまってるの?変じゃない?」と怪訝そうな顔をされた。同じ目線の先にあるエアコンのリモコンを見たら設定温度まで勝手に変えられていた。知らなかった機能駆使されて清々しい部屋にされている。やりたい放題である。

「…名前なんていうの」
「シャルナーク」

君はなまえでしょ。と返され、あっさり空き巣の名前を知った。ジャンガリアンハムスターに名前知られたくらい、どうということでも無いのだろう。
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