寮母さんにキャベツをわけてもらいに行くと、おまけをもらえた。
ボウルいっぱいのみじん切りキャベツと、豚ロースのパックを抱えて戻ろうとすると、来たときはいなかった人がいる。食堂の出口に1番近い机に座り、肘を付いて窓の外を見ているが、絶対に横目でこちらを見ている。サングラスをしてるけどわかる。彼のことを知ってたら、誰だってわかる。目を合わせず横を通ろうとすると、長い足が隣の机までのびて道を塞がれた。踏切にあるやつ。
「おい、ニャッキ」
「うわ……いびりだ……」
「あぁ?みょうじちゃん、オマエ入学4ヶ月目でデカい口聞くようになったね」
「家入さんと一緒にいない五条さんと話すなって教えてもらってるんですよ」
「誰が言ったそれ」

しゃがんで足の下を通る。太ももが頭に落ちてきたが無理やり通過する。五条さんは意地の悪い小学生みたいなことを言う人だが悪ではないので、取り返しのつかないことはしない。だからキャベツを叩き落としたりはしない。取り返しのつくことや、メンタル耐久いじりとかしてくるけど。
「なんか作んの?ショボい野菜炒め?金ないの?」
「お好み焼きの具材です。タコパの予定だったんですけど、たこ焼き器の調子が悪くて。具材、ほぼほぼ一緒なんでお好み焼きを作るんです」
「……オマエ……寒気したわ。全然違うだろうが」
「この前どらやき食べたいとか言って、冷蔵庫の私のもなか勝手に食べた人がそれ言います!?」
「あんこがなんかに挟まってるから誤差だろ。それに共有冷蔵庫は無法地帯なんだよ」
「冷蔵庫内の法の有無じゃなくて使用者のモラルの話なんですよ」

「みょうじさん……うわ」
食堂に入ってきた七海さんが、アイコンタクトを送ってくる。急いでそっちに寄ると、ゲェーと五条さんは舌を出す。
「うわじゃねーよ七海。おい、大阪でなんかあったらコイツ生贄にしろ。たこ焼きの材料をお好み焼きに転用しようとしてやがる。囮になる」
「五条さんの言う大阪ってどこですか。みょうじさん、帰りましょう」
「あーあ。みょうじの反応が七海に似てきた。3ヶ月前はもっと面白かった」
私の教育係が七海さんで本当に良かった

6月中旬から任務はゆるやかに減少し、7月に入ると暑さと共に座学の時間が増え、土日もちゃんと休みになった。繁忙期の終わり、らしい。やっと机に座って同級生と授業を受ける時間が安定したけど、同級生は補助監督志望で任務やカリキュラムが異なり、引き続きひとりか七海さんや灰原さんと組ませてもらうことが多かった。
5月の買い物以降は遊べていなくて、何か楽しいことをしたいと灰原さんは会うたびに言っていた。そんな中、任務先の魚市場で灰原さんがタコとイカをもらった。人が好きというだけあって、彼は任務先で人に好かれてものをもらってくることが多い。
タコパをしようという灰原さんの提案で、私達は土曜の昼に灰原さんの部屋に集まった。去年の夏に使ったきりだというたこ焼き器は、その新品のような見た目にそぐわず、ほとんど動かなかった。試しに垂らした生地は全く固まらない。
3人でたこ焼き器を囲み、頭を突き合わせていたが「もうお好み焼きにしよう」という七海さんの一言で即、方向転換した。もう限界だった。タコパのために全員が朝から何も食べてない。
灰原さんはホットプレートを借りに、七海さんはたこ焼き生地をお好み焼きにアレンジ、私は唯一足りなかった具材のキャベツをもらいに食堂へと分業したのだ。

「遅かったので買いに行ったんじゃないかと」
「流石にその時は言って行きますよ。キャベツ、3人で食べきれますかね」
「大丈夫でしょう」
ちょっとキャベツをもらいに行くつもりが、寮母さんが気を使ってキャベツひと玉みじん切りにしてくれた。そのため時間はかかったが、気がけないと野菜を取らないので助かる。

七海さんは、引き続き私を助けてくれた。
冷蔵庫が無法地帯なのを教えてくれたのも七海さんだ。(もなかはそれを忘れて入れた犠牲者である)家入さんも女子同士でしか共有できない情報など教えてくれるが、七海さんは先回りでメールを送ってくれる。
1年の今月の予定、座学のポイント、新しくアサインされる可能性がある任務、五条さんに絡まれたときの逃げ方、怪我や体のケア、避けたほうがいい術師や補助監督の癖など。特級の五条さんと特別な家入さんは能力も感覚も別格なので、比較的生まれや戦闘スタイルが近い七海さんがいて本当に助かった。教育係を別の人に変わってもらうか話が出た時もあったが、七海さんが今もみてくれている。

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「七海さん、もしかしてお好み焼きだけじゃなく、料理自体が上手い…?」
「切ってあったものを混ぜて焼いただけですよ」
「七海は料理上手いよ!」
手際よく焼かれたお好み焼きは、表面をコーティングするようにムラなくソースが塗られていた。箸を入れると外は油でカリカリなのに、中は空気を含んでふんわり。でもキャベツやイカなどはしっかり食感を残しているし、生地も美味しい。お店の味だこれ。
「灰原。できた」
灰原さんが捧げるように上げた皿に一気に3枚が入る。パンケーキみたいに積まれるお好み焼きを初めて見た。
「ありがとう!……ウマい!!うん、やっぱり上手い」
「ここで暮らしてれば、家事はひと通りできるようになるでしょう」
「でも七海は舌がいいから、どんどん上手くなる。僕は味より量を求めちゃうし、七海みたいに美味しく作れず力尽きるし、器用でもないから」
「力尽きる……?」
「灰原が卵炒飯の作り方を教えてくれというので教えたら、空腹に耐えきれず、いり卵とネギが入った焼きライス作ったんですよ」
「なるほど」
本当に美味しい。あとあのカッコいい七海さんが、ヘラ2つ持ってホットプレートに向かってるのは可愛い。

七海さんのお好み焼きも焼きあがり、3人で無言で頬張る。灰原さんの残りが1枚の半分になったので、生地をホットプレートに流し込む。その間に七海さんも1枚食べきっていたので、もうホットプレートに入るだけ焼こう。七海さんは普段話す時はあまり口を開かないのに、食事の時は大きく開き、ひと口が大きく、食べるのも早い。
ここに来た時はなかなか七海さんと遭遇する機会がなかったが、繁忙期が終わると食堂や談話室で顔を合わせることが増えたので、こうやってメールでは知れなかったことも分かってきた。七海さんがくれる情報や知識はたくさんあるが、自分のことは前みたいに聞かないとほとんど語らないので、今知ってることが1番少ないのは七海さんのことかもしれない。

「みょうじさん、最近座学が多くなって来たでしょ。大丈夫?」
灰原さんはコーラを飲み干すと、缶をつぶしてゴミ箱に投げ入れた。
「まだ中学の積立でなんとか。だから苦手ができたら一気に崩れるかもです。やっぱり学力も昇級条件に入るんですか?」
座学の授業は決められた時間に決められたものをやるわけではなく、もっと柔軟だった。学生の人数が少ないので、今日はここをやると決めたら全員が理解するまでやる。手が空いている補助監督さんなどの都合で何を教えるか変わるし、任務でいない時は抜けた分のプリント学習をさせられる。
「ううん。直接はない。でも勉強はできたほうがいいよ」
「言語や歴史は調査のために必要ですし、相手の動きや術式の対応に計算力や物理、化学、生物の知識がある方が確実にいいですから。座学の処理速度が戦闘での判断の速さに繋がります。あと単純につぶしが効きます」
「つぶし?」
「3年終わりまでにセンター試験レベルまでやります。だから術師を辞めて、一般の企業や大学に進む道も選べます」
カシュッと、灰原さんが2本目のコーラの缶をあける音が響く。
「怪我とか気持ちの問題で術師を辞める人もいるんだよ」
「みょうじさんも、灰原も、私も、これから何を見てどうなるか、誰にも分かりませんから。卒業生でここから出て高専のサポートにまわる企業に就職した人もいます。勉強も分からなければ教えるので」
「ありがとうございます。……あと、七海さんがしてくれてる私の教育係は昇級評価に入るんですか?」
七海さんの箸が止まる。私を見ていた視線が下に落ちた。灰原さんは首をかしげる。
「ん……?それって七海がみょうじさんにいろいろ教えてることへの評価ってこと?」
「はい。私へのサポートが評価に加点されるってお話だったんで。多く加点されてほしいです。すごくお世話になってますから」
「それって七海が、言ったの?」
「……そうですよ」
七海さんは返事をしてお茶を飲む。灰原さんはどっちだろう、と悩ましげに唸った。

5月に七海さんが教育係を辞める話が出た時、やっぱり続けてくれることになったのは、私へのサポートが七海さんの評価への加点になるからと教えてくれた。「だから、なにも気にしないでこれからも聞いてください」と。それを聞いて、かなり安心した。七海さんにとっては教育係はマイナスばかりだと思っていたから。できれば昇級の方に加点されてほしい。どのくらいお世話になったか聞かれる面談とかあるんだろうか。

「……みょうじさん、お好み焼きが焼けています。ください」
「あ!はい」
「灰原も、皿」
「あ、うん。ありがとう」
灰原さんは一気にコーラを飲み干す。コーラが好きでいつも飲んでるからかペースが早い。お好み焼きにコーラはあうからなあ。私の麦茶の缶も空になっていた。
「自販機行ってくるので、コーラ買ってきましょうか?」
「あ、じゃあコーラとデカビタ!」
「七海さんも何か飲みますか?」
「サイダーを」
「わかりました」
部屋を出ると、外の空気がやけに新鮮に感じた。一瞬体を中に戻すと、こもったソースの香ばしい匂いが肺に入ってくる。お腹すいた。早く買って戻ろう。

▼ ▼

「七海、そんなこと言ってたんだ」
「そう言わないと彼女は家入さんの方に行くでしょう。……五条さんや家入さんに言わないでくださいよ」
「みょうじさんなら、大丈夫だと思うけどなあ。七海、ホントにみょうじさんのこと好きなんだね」
「……そうですよ」

2021-03-13
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