短編 | ナノ


昼休みの食堂というものは元々ざわついているものだ。けれど、その人が入ってきた時は、不思議とそれが統率のとれた音に聞こえる。


「きゃあ、ミストレ様よ!」
「今日もお美しいわねえ」


その人とは、学園一モテると言われている容姿端麗かつ成績優秀の天才、ミストレーネ・カルス。そんな学園のアイドルの登場に生徒の中に大勢いるファンが一斉に反応するのだ、確かにある意味統率がとれていると言えるだろう。


「今日も綺麗だなー」


かくいう私も嬌声をあげたりこそしないが、オムライスをつつくスプーンの手は止まり、目線は彼を追いかけている。


「なんだ、桜もミストレが好きなのかよ」


そんな私に、隣に座っているエスカバが少し意外そうな顔をした。斜め向かい、つまりエスカバの正面に座るバダップはさして気にした風もなく食事を続けている。


「あー、まあ。好きっていうか…すごいなーとは思う。ファンクラブには入ってるよ」
「ファンクラブの会員にしては淡白だな。まあ、その方がらしいけど」
「カルスを大好きな友達がいてね…その娘に入会させられたんだよ。それでいろいろ聞かされまくって、まあ、すごいんだなーって感じ。私の中では芸能人的なカテゴリかな」
「なるほど…」
「そろそろ昼休憩が終わるぞ」
「え、嘘!私今日プレゼンなのに!」


バダップの一言に私は慌てて残りのオムライスをかきこんだ。


「ごちそうさま!」


そして、そのままダッシュ!今日のプレゼンは期末試験に加点されるらしいから、絶対成功させなくてはならないのだ。


「あ、おい桜!」


エスカバが何か叫んでいるが、無視する。プレゼンの準備が間に合わなかったらどうするつもりだ。


「えーっと、教室にデータ取りに行って…それから…」


全力疾走しながら考え事をしていた私は、前方への注意がおろそかになっていたらしい。我に返った時にはもう遅く、私はトップスピードで廊下を歩いていた人に突っ込んでしまった。


「うわっ!?」


私は、どんがらがっしゃん、と盛大に転んでしまった。……のだが、その割には打撲による痛みがない。


「あ、あれ?」
「……大丈夫かい?」


声がした。どこから?私の下から。見下ろすと、私を抱きとめていたのは、深緑色の髪の超美形な男子生徒だった。……………………え?


「ミ、ミストレーネ・カルス!?」


慌てて体を離すと、さっき昼食中に話題に上ったばかりのミストレーネ・カルスが目の前にいた。


「え、あ、」
「形はどうあれ、この俺が不意打ちされるとはね。まあ、怪我はないみたいだし、よかった。そういえば…君、初めて見る顔だね。名前はなんていうんだい?」


正真正銘のミストレーネ・カルスだ。私は、校内随一の有名人にぶつかってしまったということなのか。状況に頭が追いついてくるにつれ、血の気がひいていくのを感じる。やばい、これは非常にやばい。ファン一同にこのことが知れたらどうなることか…。に、逃げなければ…!!


「……?やっぱりどこか痛むのかい?」
「あ、いえ大丈夫です。私急ぐんで失礼します!」
「あっ、君名前は?」
「た、たたた、ただのファンのひとりです!気にしないでください!!」


そして私は名乗らないままダッシュ開始!有名人なんてものは遠目に眺めるくらいがちょうどいいのだ、関わってもろくな事はないだろう。教室に向かって走りながら私はひとつ心を固めた。



今日にでもファンクラブ脱退しよう。





140802

お題は確かに恋だった様から。続くかなー?






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