生温い私の痛み
 彼はよく怪我をする。額を切って血が出たり、転んで足首を捻ったり、ドアを閉めようとして指を挟んだり、ものもらいができたり、喧嘩をして蚯蚓腫れができたり、さまざまな理由と傷をこしらえ、それをどうにか解消してもらおうと私の元へやってくる。
 彼は何も喋らない。綺麗に対称をなした唇をぎゅっと結んで、負傷した箇所を私に差し出す。私はそれをじっくり観察する。失礼のないように丹念に目で確かめてから、彼を見据えて頷く。
「あなたの痛みがどれほど辛いのか、傷を見た私にはよく分かるわ」
 心の中でそう言いながら頷く。
 彼の焦げ茶色の瞳には、私が映っている。血色の悪い顔に、洗濯しすぎてよれよれになったセーターを着ている。瞳の中で球体のラインに合わせて、身体を滑稽に変化させている。
 彼は私の一挙を真似するかのようにゆっくりと頷く。無言で確実なサインを出す。奇妙ながらもそれが、彼と私の間に出来た唯一の交流手段だった。
 私が彼について知っている情報は、ほぼ無いに等しかった。同じ学校の男子生徒で、よく怪我をする。それだけだ。彼の喋り方や、声の高さ、どんな人と仲が良いのか、成績は、部活には所属しているのか、委員会は、諸々知ることはなかった。私の記憶にいる彼はいつでも、昼休みになると保健室のドアを開け、迷うことなく一番奥の丸椅子に腰掛け、じっと私を見つめ、手当てを受けると、個別怪我記録を引き出し、記入して帰っていった。 二人の間に目に見えない絆があることは確かだった。怪我人の彼を、保健委員の私が応急処置をする。当たり前で、一見何もない一連の動作と思われるが、それが二人を巡り会わせるただ一本のルートだった。波のないしんとした海底で、私と彼が向かい合っている。邪魔するものは誰も何もない。世界中でこの出会いを知っているのは、私と彼だけだ。
 無音の海底で、私は彼の傷を丁寧に扱う。生温い海水に晒された傷はひどくいたいけで、痛みまでもが伝わってくる。私は指で優しく撫でて、そっと唇を這わせる。痛みは生温く、それでいて愛しい。



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お題は白子@鸚鵡さまより。ご馳走様でした。それいつに参加した時の。


bkm
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