魔法の始まり
 この空間では指揮者が絶対的存在となる。彼がゆっくり指揮棒を構えるとどんなに後ろの席に座る観客でも、彼の空気を感じて素早く息を潜める。緊張感が身体を包みこんだ時、静まり返ったホールにそっと柔らかい音が入り込む。(それは、これから展開されるであろう物語を予感させる美しいバイオリンの息遣い)
 その上から水がさらさらと流れるようにフルートが色付けをし、充分に音を散りばめた時にようやくクラリネットがテーマの前触れを奏して現れる。ゆっくりと過ぎ去っていくほうきを水に浸したようなテーマ。クラリネットの音を受け継いでオーボエが、また受け継いでフルートが、音が天井へと消えていく。
 会場は突如刺すような空気へと変化する。バンダでもないのに、トランペットの細い矢は遥か遠くから響いているように聴こえる。間髪いれずにビオラ、チェロ、コントラバスが急降下して折り重なってゆく。その隙間にトロンボーンが輪をかけたリズムを繋げ、空気は物語の始まりへと渦を巻いていく。指揮棒の先へと音の群れが吸い寄せられていく。大きな渦にだんだんだんだんどんどんどんどん飲み込まれ、観客は息もつけないほどのそれに溺れていく。そしていきなり終止符を打つティンパニの衝撃。肩にのしかかる沈黙。高揚。
 鋭くてはっきりとした低音が沈黙から顔を出す。しばらく止まり、もう一度、また一度。観客は次の音に目が離せない。指揮棒が少しずつ少しずつ少しずつ少しずつ速くなり、完全なリズムとなる。そしてようやく現れる、ファゴットの旋律。(それは物語を象徴するほうきのテーマ)
 (それは、たった数分で会場にいる全てが主人公となってしまう紫色の音楽)


 舞台は中世フランス。空中を、手足のついたほうきが意志を持って歩き出す。指示を出すのは、魔法使いの弟子。




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元ネタはポール・デュカスの交響詩「魔法使いの弟子」です。こういうの上手く書けるようになりたいな〜


bkm
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