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 しばらくベッドに横たわっていると、不意に俺を呼ぶ祖母の声がした。
 部屋を出て階段を降り和室に顔を出すと、昼間に買い忘れたものがある、代わりに買い物へ行ってくれないかと頼まれた。あまり乗り気では無かったが、あの事故の直後引き取ってもらい、祖母のおかげで何不自由なく暮らしていけた身。俺は無言で祖母に頷いて、部屋へ戻り少しよれた制服を脱いだ。

 玄関のドアを開けてから早々と後悔した。家に着いたときから数十分、太陽が西へ落ちた直後のようでまだ空に赤みが差している。あの日と同じ色だ。思い出すのが嫌だから、この時間帯は外を歩かないよう特に気をつけていたのに。肩を落としたが今更断るわけにもいかない。俺は、誰かに見られているわけでもないのに手で口元を何度も確認しながら、早く用事を終わらせようと足早に歩き出した。

 家近くのあの大きな公園にさしかかると、前方五十メートルほど先、わきを真っ直ぐ走る道路の真ん中に黒毛の猫を見つけた。道路が広いせいで余計に小さく見えるが、ぽつんと固まり、黄色い瞳でじっと何かを見つめているのが分かった。だんだんと暗くなる辺りで俺以外にいるのは、猫と、公園のベンチでいびきを上げる乞食だけだ。
 そんなところにいたらいつか引かれるぞと冗談半分で呟いたとき、後背から車のエンジン音が猛スピードで近づき遠のいていった。かなり荒い運転だ。しかも車は速度を落とさず猫に突っ込もうとしている。猫に気付いていないのか。
「おい!」
 焦って叫んだが、音を荒げる車の運転手に聞こえるはずがない。車体で猫が隠れてどこにいるかが見えない。だけど道路のわきに出る物体が見えてこないから、恐らくまだあそこで固まっているのだろう。見た時小さな猫だったから助かるかもしれない。でも、大丈夫だろうか。

 不安で高鳴る鼓動に唾を飲み込んで、足早だった歩みを更に速めた時だ。
 俺は恐ろしいデジャヴュを見た。

 走る車の横から人間が飛び出したのだ。

 直後、車がかん高い叫びを上げながら急停車する。周りの住宅にブレーキ音が跳ね返りぐわんぐわんと空気を揺らしていたが、すぐにそれも消えて辺りが一気に静まった。車のライトだけが異様な光を放ち前方を照らしている。

「なんだこれ……」
 信じられずに唇から言葉が零れた。
 十年前と、時間も場所も状況も空恐ろしいほど重なる。全てが悪夢のあの日に帰ったようだ。ただ一つ、車の姿がまだそこに厳然とあることを除いては。


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