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 いつの間にか、内臓が浮くような感覚は消えていた。俺は今どこにいるのだろう。あの悪魔と老人たちはどこへ行ってしまったのだろう。自分がどんな状態でいるのかも分からない。
 それにしても眩しい。暗闇に目が慣れてしまったせいか余計に光が痛い。夜だったはずなのに、瞼の向こう側がやけに明るい。まさか朝になってしまったのだろうか。
「紫くん、紫くんっ」
 肩を小さく揺すられ、俺はゆっくり目を開けた。
 梅が高揚した顔で俺を覗き込んでいた。
「……梅。大丈夫?」
「うん。わたしもさっき気が付いたばかり」
「そっか」
 梅は屈託のない笑顔で頷いた。そこで、梅が前に立ち、自分がベンチに座っていることに気付いた。形も色も公園のベンチのままだ。確かベンチが回転して、二人とも落ちたはずなのに。
「俺らどうなったんだろう……」
 ぽつりと呟くと、梅が答えた。
「着いたんだよ、サイダーランドに」
 聞いたことのない名前に俺は首を傾げた。
「へ? サイダー……ランド?」
 梅が頬を一層紅潮させて言った。
「うん! 見て、すごいよっ。こんな世界本当にあるんだねっ」
 梅が脇に避けると、目の前に広がる光景に俺は目を奪われた。

 街だ。
 彩り溢れた三角屋根と四角い建物とが建ち並び、その半分ほどが店のように前を開けている。その建物で出来た何本もの曲がりくねった道を、数え切れないほどの人の形が賑やかに行き来していた。見たことのない人間ばかりだ。色とりどりの肌、目、服、角や羽を身につけているやつもいる。全世界の珍種族が一気に集会を開いたようだ。
 その人混みの中にいる羽をもった一人(いや、一匹?)が、その場で半透明の羽をばたつかせているのを見つけた。淡い黄緑色の肌に、鮮やかな緑色の服を纏っている。そいつは近くの人間に手を振った瞬間、まるで虫のようにふわふわと飛び立った。どんどん上昇してゆくそれを目で追っていると、俺は上空に浮いているこれまた数えきれないほどの気泡に気付いた。シャボン玉のような大小の気泡が、光の反射を受けてきらきらと輝いている。まるで、街が海に沈んでいるみたいだ。目を凝らすと、それぞれシャボン玉の中に動く影がある。家のような建物がシャボン玉の中にあるものもちらほら見える。街、人、気泡、その一つひとつが賑やかに活気づいている。
 紫がかった希望に溢れる幻想の世界を、俺は見下ろしていた。
「……見下ろしている?」
 自分で呟き、俺は下を見た。自分の足の下に、鮮やかな街が広がっている。俺たちも透明な気泡に包まれていた。


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