1
 すぐに煙が薄らいで、そいつの姿がはっきりと見えてきた。
 泥で汚れた薄手の毛布を肩にかけている。サンダルに裸足、薄汚いズボンにところどころ穴の空いた灰色のトレーナー。手入れされていない白い口髭。糸のように細い垂れ目。くたびれたキャップを被っている。背が低い、よぼよぼの小汚い老人だ。
 弱そうだ。こいつが本当に巨大男を消したのか? と俺はもう疑い始めていた。
「いやあ、すまんすまん。ちいと寝ておった」
 片手をあげ、のんきな声でそいつが言う。外見はともかく、どうやら俺たちを襲うつもりはないらしい。
 俺は無言で頷き、一緒に倒れ込んでしまった女の様子を確認した。さっきから俺のシャツの裾を掴んで離そうとしない。見ると、目をかっと開き、真一文字に口を結んでじっとしている。
「おい、あんた……」
 肩を揺らし覗き込むと、女がはっと我に返った。濡れた黒い瞳に俺の顔が映る。
「さっきはごめん。怪我ない?」
「だっ大丈夫」
「……ほんとうに?」
「本当だよー。助けてくれて、ありがとう」
 女がニカッと笑う。無理はしていないようだ。
「元気そうで良かったわい」
 後ろから声がして振り向くと、老人が顔を皺くちゃにして微笑んでいた。見れば見るほど普通の人だ。
「あなたが私たちを助けてくださったんですね! ありがとう!」
 女が目を輝かせる。
「あんなに大きな人を見たの生まれて初めて!」
「ふむ、そうじゃろう。あやつらが元の姿でここに現れるのは滅多にないからの」
「えっ……あやつら? 元の姿?」
 これは俺だ。
「あんな人が何人もいるの?」
 女が驚く。
「そりゃあおるとも。君たちは運がよいな。こじきがわしと気付かれていたら、あやつはもっと頭を使って君たちを襲おうとしただろう」
「こじき……?」
 老人の言葉に俺ははっとした。猫を見つける前、通り掛かった公園にこじきがベンチで寝ていたのを思い出した。毛布を被っていたような気がする。こいつは最初からいたのか。
「こじきさんなのに、大きい人を消しちゃうなんて魔法使いみたい!」
「そうじゃ。わしは魔法使いじゃ」
「魔法使い! すごーい!」
「そんなわけないだろ! あんたも簡単に信じるなよ!」
 女の目が一層輝きだしたので思わず突っ込んでしまった。出会った時から感じていたが、この人は凄く素直だ。素直すぎて危なっかしい。知らない人にほいほいついて行ってしまいそうだ。


prev next
bkm
BACK TOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -