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 吃驚して女を見た。
「……あんた、いま……」
「あ」
 女が「しまった」という顔をする。いけないことを言ってしまったかのように、女がすぐさま片手で自分の口を押さえる。
 奇妙な沈黙が流れた。
 声を発しない二人に痺れを切らしたかのように、猫が鋭く唸った。少しの間光る目で俺を見つめると、もう一度ニャアと鳴き、するりと女から抜け出す。そして道路から逸れ、優雅な足取りで公園の青い茂みへ去っていってしまった。

「……いま、猫は何て言った?」
 数秒間をおいてから、女がぽつんと呟いた。
「吾輩は猫だ、馬鹿にするな……って言った」
「……あんた、猫の言葉が分かるのか」
 猫を追っていた視線をゆっくり戻し、女に問いかける。女は緊張した面持ちでいたが、観念したかのようにため息をついて口を開いた。
「やっぱり変だよね……生まれつき声が聞こえるんです。物心がついた時に、それが普通じゃないって気付いたけど。猫だけじゃなくて、犬も鳩も、カラスも馬も鼠も、みーんな」
「動物の言葉が、分かるんだ」
「うん……あの、さっきのスピルカはただの強がりだから気にしないで。本当は車に怯えて動けなかっただけだから」
「えっスピルカ? あんたの猫?」
 まさか、と女が首をふる。
「スピルカは野良猫。さっき名前を教えてくれた」
「教えるって、会話も出来るんだ」
「うん、そう。……気持ち悪くないの?」
 女が伺うように俺をみる。
「何が?」
「動物と喋れる人間が」
 俺は首を振った。気持ち悪いとは思っていない。けど、この人は普通の人間じゃない。もしかして動物の感情について詳しい研究者なのか、それとも悟りをひらいた宗教者なのか、行き過ぎた動物愛者か、超能力者か、それともただの気違いか。考えつくものはどれも的外れだ。――それとも、魔女なのだろうか。
 はっとしたがすぐに考え直した。俺の記憶にあるあの日の魔女と、目の前の女は全く違う気がした。真っ黒な髪と瞳こそ似ているが、雰囲気もなにもかもが違う。少なくともこの人は魔女のような人殺しじゃない。命懸けで猫を助けた。



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