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 静寂を突き破る罵声が耳に入り、俺は呆気取られていた自分に気がついた。自分の心臓が早鐘のように鳴り思わず握っていた手は汗ばんでいる。二、三度まばたきをし車を見やると、運転手がドアから身を乗り出し、ライトに照らされた道路に向かって叫んでいる。「気をつけろ!」と最後に吐き捨て、荒々しくドアを閉め勢いよく去っていった。エンジン音が回りに反響しては消えていく。
 視界を邪魔していた車体が無くなり、俺はそこで初めて暗がりの中でうずくまる人の影を見つけた。何かを抱えているように見える。助かったんだ、と俺は息をついて駆け寄った。近づくに連れて女の声が聞こえてくる。
 もしかしたら魔女かもしれない――という不安が一瞬よぎる。だがすぐにその思考を追い払うように頭を振った。十年前とは違って車は消えていないし、人は生きている。目の前で人が轢かれそうになりながらも猫を助けたのに俺は何を考えているんだ。
「あっ」
 俺の歩く影に気付いたのか、女がうずくまったまま顔をこちらに向けた。黒く濡れた瞳と目が合った。真っ黒いボブカットの髪が夜風に揺れる。
「あんた……大丈夫?」
 あともう少しの距離を軽くかける。女はよく見ると俺と似たような格好をしていた。黒いスニーカーにスキニーパンツ、第一ボタンまで閉めた控えめな色のシャツ。それに加えて身体の線が細い。声がしたから女だと分かったが、猫をお腹に抱えて尻もちをつくその姿は男の子と間違われても可笑しくない。飛びだした際に路上に転がりこんだのか、服のところどころがすす汚れていた。
「わたしは大丈夫」
 女がニカッと笑った。夏の暑い日に虫取りに出かけて行く少年のような笑顔だ。
「そっか。よかった」
 女が猫を気遣って立ち上がろうとしないので、俺もしゃがみ込んで猫の状態を確認する。
「猫が轢かれそうになるのが見えて。死んだかと思った」
 俺の声に反応して猫が女の腕の中でニャアニャアと鳴いた。とりあえずは元気みたいだ。
 猫の鳴き声に何故か女がぷっと吹き出した。

「あはは、吾輩はそんな簡単には死なない、だって――」



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