5
 部屋に入るともっと綺麗だった。輝いていたのはドアではなかった。ドアはなかった。通路の先には、澄んだ水の壁に覆われた部屋が続いていたのだ。壁だけじゃない、天井も床も、部屋に置かれた丸テーブルも椅子も、透明の水がそれを象っている。そして水のドアのように、時折ゆらめいては煌めいていた。
「ちょっとそこで座ってて。人間に会いたいって言ってるトビウオがいるんだ」
「トビウオ?」思わず反応してしまった。
「ああ、間違えた。トビウオの妖精、っていうんだよね。人間は」
「妖精?」今度は梅が聞き返した。
 女が口を開きかけたときだった。バタバタとうるさい足音が通路から聞こえ、息切れして壁にもたれかかりながら男の子が顔を出した。俺はぎょっとした。顔こそ人間で、半袖のTシャツとズボンは身につけているが、そこからのぞく肌が全身、青いグラデーションの鱗に覆われている。
「ツツルビ! 言うのが遅いよ!」
「まだ何も言ってないわ」
「わあー!」男の子が俺と梅を見て紺色の瞳を輝かせた。
「この人たちが人間?」
 好奇の目が俺たちを交互に見る。何と反応していいか分からず二人で顔を見合わせた。
「ああ、そういえば挨拶していなかったね。あたしはツツルビ。人間だと、水精の神っていうらしいね。で、こっちはトビウオのリンゴ」
 リンゴと呼ばれた少年は「よろしく!」と笑顔で二人の手を握るとぶんぶんと振った。
 鱗に覆われている掌は冷たくて、ぬるっとしている。握手の拍子に、腕に半透明の細長い羽がついているのを見つけた。
「その羽……」と俺は思わず言ってしまった。
「羽? これのこと?」
 リンゴが不思議そうな顔で羽をヒラヒラと振って見せた。
「珍しいの? トビウオに羽があるなんて当たり前じゃん」
「いや、そうだけど……」
 なんと言ってよいか分からず言葉が濁る。
「ねえ、二人は名前何て言うの?」
 と聞かれたのでそれぞれ交互に名乗ると「梅と紫! 不思議な名前!」とリンゴが嬉しそうに笑った。
「ねえねえ、もう水精界には行った?」
 と聞かれ、俺と梅はまた顔を見合わせた。
「あの、その前に私たち、妖精とか、トビウオとか、よく分からないんだけど……」
 今度はリンゴとツツルビが顔を見合わせた。
「もしかしてあのおやじから何も聞いてない?」とツツルビが言った。
「いきなりこっちに来たので。何もってわけじゃないけど……はい」
「なにあいつ。全然駄目じゃない」ツツルビが眉根を寄せた。
「そんなことないです! あのおじいさんには助けてもらって本当に感謝しています。ね、紫くん」
 そうするしかなかったからここに来たわけで、別に感謝しているわけじゃないが、俺は曖昧に頷いた。
「人間が来る時はきちんと説明して、了承を得なきゃいけないはずなんだけど」
「おやじとかあいつとかって誰のこと言ってんの?」リンゴが首をかしげた。
「リンゴの知らない人よ。それよりこの二人が何も知らないでここに来たのはまずい」
 といってツツルビはしばらく考える素振りをした。
「そうだな……じゃあ、リンゴ、あんたがサイダーランドについて説明してやってよ。案内できるでしょう」


prev next
bkm
BACK TOP


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -