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「誰かと思ったらあんたか」
 螺旋階段の上からきつい女の声が飛んできた。
「後ろにいるのが西田梅と深代紫ね」
 まだ姿も見えていないのに俺たちの名前を知っている。
「ツツルビや、ここを通しておくれ」
「あんたはやだね。ほいほい部屋に上げて、何を報告するか分かったもんじゃない」
 即座に返されたきつい言葉に、老人はククッと喉で笑った。
「つれないのう」
「……ほんとうにお友達のかた?」
 梅があまりに本気で心配な顔をするので俺は吹き出しそうになった。
「まあ、ちいと口がきついが、なに、悪いやつではない」
 老人は頭をぽりぽり掻いた。
「仕方ない。わしはここまでじゃ。二人とも元気でのう」
「えっ」
 老人が右手を上げたので梅が目を丸くした。
「おじいさん、もう行っちゃうの」
「時間も来ておるんでな。紫くん、梅をしっかり守るんじゃよ」
 一人ずつ覗き込むように目を合わせると、老人は数歩分の螺旋階段を下り、水のドアをそのままくぐり抜けた。ドアは波打ってのちまた元に戻る。あっけなく行ってしまった。
「お、おじいさん、ありがとう!」
 あまりに唐突な別れにワンテンポ遅れた梅の声が螺旋階段に響いた。

「あんな格好でサイダーランドをほっつき歩くなんて、それこそ注目の的ね」
 突然背後から聞こえた声に俺は驚いて振り向いた。
 すらりと背の高い女がそこに立っていた。ウェーブがかったキャラメル色の長髪に、ロングワンピースのようなクリーム色の衣をまとい腰辺りで絞っている。すっと鼻筋の通った顔は、二十代後半くらいか。老人の友人というからそれなりの歳を想像していたのに、意外だった。それに、何というか、今まで見た中で一番人間らしい容姿をしている。
「さ、上がって」
 女――ツツルビと呼ばれたその女はにっこり笑って、螺旋階段を上がって行く。それに続こうとしてふと気付いた。動く度に纏った布とウェーブがかった髪が揺れるさまが、やけに瑞々しいのだ。
 螺旋階段はニ階分ほど上ると、一本の廊下に続いていた。壁も廊下も白で統一されていて、両壁にいくつもドアがついている。そのどれもが、球体へ入る時についていたあの水のドアのように透明で波打っていた。
 わたしの部屋はあそこにある、とツツルビは前を指差した。白い廊下の先の先、小さく見える奥の壁一面が光の差し込んだ海底のようにきらきら輝いていた。
「綺麗ー!」
 梅が感嘆の声をあげた。


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