3
 赤い門番兵が姿勢を正すと、青い門番兵が「サイダー入りを許可!」と復唱した。それに反応するかのように、気泡が下降しだした。エレベーターに乗っているような感覚だ。空中で光に反射するいくつもの気泡を通りすぎ、賑やかな街へどんどん近づいていく。
 俺は見慣れない景色をぽかんと見つめていた。今日は何かがおかしいだけじゃない。何もかもがおかしいんだ。未だに異世界にいるなんて信じがたかった。もしかしたら、俺はとんでもない夢を見ていて、視界に映るもの全部が嘘かもしれない。今瞬き一つすれば、家のベッドの上で目覚めるかもしれない。……そんなことはなかった。夢じゃない。夢じゃないんだ。
 俺たちの乗った気泡は、ちょうど足元の下に見える、街の中でも一際大きい球状の建物のそばへ降りていくようだった。上空から見下ろしていた時よりも一層街は活気に満ち満ちている。気泡は地面に触れると、シャボン玉のように一瞬ではじけてしまった。はじけた気泡のかけらが、小さな紙吹雪のようにきらきらと舞い落ちて消えていく。
「門番兵さんありがとう!」
「どうも、ありがとう」
 梅が笑顔で言い、老人が二人の門番兵に会釈をすると、赤い方が「とんでもありません。ごゆっくり」と、丁寧にお辞儀をした。青い門番兵も黙って軽く会釈をしたので、肌の色をまじまじと見ていた俺は慌てて頭を下げた。
 色とりどりの人間が行き交う中、俺たち三人は変に際立っていた。主張しない似たような服装の俺と梅、特にぼろぼろの格好をした老人は余計に目立っているように見える。そこでふと気付いた。不潔で汚い格好をしているホームレスなのに、この老人からは全く臭いがしてこない。
「さて」
 球状の建物方へ老人が歩きだしたので、二人で後ろについた。

「そういえば、梅はなんでサイダーランドを知っていたの?」
 と聞くと、梅が後方に振り向いて、鮮やかに広がる空を指差した。
「ここへ落ちて、気が付いたときにすぐ見つけたの。感動して周りを見てたら、すぐそばで浮いてた気泡があって。さっきの門番兵と同じ格好をした人と一緒に、大きなドアが立ってたの。不思議だなあと思ってずっと見てたら、ドアの中から羽の生えた人が出てきてね、その門番兵がさっきと同じように言ったのが聞こえたの。『サイダーランドへの入場を許可』って。それで分かった」
 梅の話に老人が頷いた。
「気泡の中には大抵扉がついておる。わしらが入った気泡がたまたま無かっただけなのじゃが……おっと、時間が迫ってきておる」
 時計を身につけているわけでもないのに老人はぼやいた。
「わしはいつまでもここにおれる訳ではない。君たちを友人に任せるとするかのう。外ほどじゃないが、ここにも危険はそこらじゅうに溢れとる。だが、わしの信頼出来る友に君たちを匿ってもらえばまず大丈夫じゃろう」
「……なんで」
 俺の呟きに老人が振り向いた。
「なんで、そこまでしてくれるんだ」
 見ず知らずの他人なのに、と言うと、老人は優しく笑いながら「まあのう」と言ったきり、それ以上答えようとはしなかった。

 街の真ん中に堂々と建つ球はまさにどでかい真珠のようだった。気泡のように光を受けてはきめ細かに反射し輝いている。その球のいたる所に様々な色や形をしたドアがついて、気泡に乗った人々(の形をしたもの)が、出たり入ったりしていた。一見すると、深海に落ちたひとつの真珠にまとわり付いた泡のように見える。
 老人はその地面近くについているひとつのドアへ近付いた。ドアノブも蝶番もあるがそのすべてが透明で、水のように波打っている不思議なドアだ。橙色の淡い光が中からぼんやりと見える。老人が軽くドアを三つ叩くと、二つの気泡が一つになった時のように叩いた箇所からさらさらと穴が開き、みるみる消えていった。ドアの先には螺旋状の階段が続いていた。老人、梅に続いて中に入り階段に乗る。振り向くと、消えていた水のドアはもうすでに戻っていた。


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