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「なんとも不思議じゃろう」
 右からのんきな声がしたので振り向くと、なんとあの老人が俺の隣に腰かけていた。
「おじいさん! いつの間に!」前にいた梅が素っ頓狂な声をあげた。
「あんたやっぱり普通の人間じゃない」
 俺が呟くと、老人は「紫くんは随分厳しいのう」と穏やかに笑った。
「あの悪魔たちは?」と梅が言った。
「うむ。手こずったが、見た通りだ。わしと戦おうなんて、あのモレーシーでもわきまえとるのに」
 老人はおどけたように言う。よく見たら、あの公園の時の格好とまったく変わっていない。無傷だ。
「よかったー。おじいさんすごく強いんですね」梅が目をきらきらさせて言った。
「モレーシーって、誰?」
「紫くんはせっかちじゃのう。今知らんでも、ここにおればいずれは分かる名じゃ。……さて、わしらも街へ降りるとするかの」
 老人がそう言うと、電車が動き出した時のような、体がぐらつく感覚に襲われた。気泡が空中で横に動き出していた。音も無く右へと進んでいく。進む方向を見ると、俺たちがいる気泡より少し大きめの気泡が虹色に光を反射させながら浮いていた。中に二人いる。背の高い、銀の鎧をまとった赤い肌と青い肌がそれぞれ胸を張って立っている。気泡が速度を落とし、もう片方の気泡とゆっくり触れた。はじけるような音が小さく鳴ると、その部分からさらさらと水が流れるように穴があき、どんどん広がりやがて透明の壁がなくなる。大きくなった一つの気泡の中で、赤い人間が頭を下げた。
「われらは門番兵であります。通り扉から来られなかったことからかなり熟達されたサイダーの住人であることと見受けられますが、所在界をお名乗りくださいますようお願いします」
 太くて響きのある声だ。
 老人はそれを聞くと白々しく咳払いをして、赤い門番兵に近づき耳打ちをした。門番兵は一瞬だけ目を皿のようにすると(瞳は茶色っぽい)、一つ大きく頷いた。
「分かりました。そこのご老人はサイダーランドへの入りを許可。そこの若者、名を」
 そう言って俺と梅を見据えた。
「……深代紫」
「西田梅です!」
 言われた通りに名乗ったはずなのに、門番兵は眉をひそめた。
「名からして日本の人間だな。人間に許可は与えかねます」
「おおそうじゃ、この子たちはわしの孫でのう。なんとか目をつむってくれんか」
 二人して驚いて老人を見ると、ウィンクを返された。そうした方が都合が良いのだとすぐに分かった。
「そういうことなら。深代紫、西田梅のサイダー入りを許可」


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