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「信じられない」
 俺は即答した。
「話がうますぎる」
「そうじゃな。今の君にはちいとばかり急やも知れん。だが、時間は迫ってきておる」
 老人の言葉に反応するかのように、急に周りの木々がざわめき始めた。すぐに、風に吹かれて擦れ合うような音じゃないと気付いた。何者かが囁き合うような声と、何者かが威嚇し合うような唸り声。
 俺と梅は顔を見合わせた。嫌な予感がしたのはこれで何度目だろうか。
 前後左右を見渡してみても、人間は見当たらない。ただの木々の多い公園の風景だ……でも、気配を感じる。一匹じゃない。
 獰猛な何かが、梅に、俺たちに、今にも襲いかかろうと目をぎらつかせている気配だ。
「お、おじいさん」
 と、梅がこわごわ囁いたとき、後ろから落雷のごとく雄叫びがそれを掻き消した。悪魔の雄叫びだ。梅が飛び上がって俺にしがみついた。

 月光に照らされた木々が、ブランコが、シーソーが、命を吹き込まれたかのように一斉に動き出していた。公園の地面に亀裂が入った。最初の巨大男より、さっきの街灯より何倍も強い力が、動き出している。

「さあ、二つに一つじゃ! 悪魔が集まればわしの力でも敵わない。どうする!」
 雄叫びに負けないよう老人が声を張り上げる。
 どうする。俺はどうしたらいい。俺は腕を掴む梅を見た。塗れた黒い瞳が、恐怖に怯えながらも困惑し助けを求めているのが分かった。
 唸り声がすぐ後ろに聞こえた。向かい合っていた老人が、俺の後方へサッと右手を上げた。
 駄目だ。もう迷っている隙はない。
 俺は叫んだ。
「分かった! どうすればいい!」
「ベンチに座れ!」
 何から何まで嘘臭いことをこいつは、と思ったが、愚痴を言っている時間はなかった。渦巻く轟音のなか、ガチガチの梅をベンチに座らせ、俺も隣に座る。
 これで一体何が起きるんだ。そう叫ぼうとした瞬間、後ろから体ごと引っ張られるような感覚に襲われた。ギギ、と音を立てながらベンチが後ろに回転している。
 そんな、まさか。
 俺は無意識に梅の腕を掴んだ。心臓が鳴り止まない。ベンチは徐々に回転のスピードを上げる。視界に映る景色が変わってゆく。悪魔を相手に閃光を繰り出す老人から、どこまでも続いていきそうな夜の空。浮遊感に襲われ、目をつむる。半回転した。下になる頭。梅も俺の腕を掴んだ。体がベンチから離れる。そのまま地面にぶつかる――二人して何やってんだろう。もっと冷静になって、あいつの言うことを鵜呑みにしなきゃよかった――と思いきや、いつまで経ってもぶつからない。終わらない浮遊感。梅の腕の感触だけがやけに現実的に感じる。止まらない。轟音が耳から遠ざかっていく。風が頬をかすめる。止まらない。下へ、下へ、下へ、落ちてゆく。







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