dream | ナノ


どうしてこうなったのか…。



「マフィアのボスって言われるくらいだから、慎重に事を運んだけれど…とんだ拍子抜けね。……変わってない、やっぱり。間抜けなところも、ばかみたいに人を信用するところも。」



オレが知っている少女の面影を残した目の前の女は、毒々しいくらいに紅く縁取られた唇を歪めて吐き捨てた。


(似合わない。君にはそんな色。)


そう言って唇を拭ってやりたかったが、指先を微かに浮かせただけで黒光りした凶器が喉仏を圧迫し、めり込んでくる感覚に結んだ唇から発せられる言葉も、彼女へ触れるために腕を伸ばすことさえも憚れてしまう。



「ねえ、沢田くん。…どうして、何も言わないの?このことすら、解かってたから?あなたの超直感とやらで全てお見通しだったの?」



追い詰められているのは明らかにオレの方だ。だけど、彼女が口を開く度に揺れる空気や耳を澄まさないと聞き逃してしまいそうになるほどに小さく紡がれる声に、恐怖心や焦燥感はもちろん、緊張感すら抱かないオレはおかしいのだろうか。


(そんな顔をしないで)


そう言って慰めて上げたいのはやまやまだが、見慣れた黒い凶器を喉元へ宛がわれているせいか、開いた唇から洩れるのはひゅっと渇いた息の音だけ。悠長に思考を飛ばしている状況ではないことは、確か…だけど、今にも重なりそうな互いの唇から漏れる押し殺した呼吸が、どことなく艶めかしい。
黒曜石を彷彿させるかの如く大きな瞳は、今にも溢れてしまいそうな水分によって膜が張り、その輝きを一層増している。オレに圧し掛かる華奢だが女性らしい柔らかさと丸みを帯びた彼女の肢体が小刻みに震えている。そんな姿に言い表し難い熱情が込み上げて、支配しようと暴れ出しそうになる衝動を抑え込もうとするオレはひどく滑稽だ。



「……似合わない。」


「は?」


「名前さんには…その色は似合いません。」



漸くオレの口から飛び出た言葉は明らかに彼女の求めている応えじゃないのは、零れ落ちてしまいそうなほどに大きく見開かれた瞳が物語っている。それでも言わずにはいられなかった。
呆れからか、驚きからか、小さく開いた紅い縁取りを拭うようにそっと彼女の唇へ親指を這わせてみるけど、主張が強過ぎるそれはのびるだけで取れない。知らず知らずのうちに躍起になっていたのか、彼女から小さく抗議の声が聞こえて慌てて手を引いてみれば、熱を持つそこに気付き罰の悪さから情けなく眉を下がった。



「意味、わかんないっ…何なのよ。こんな状況で……ばかにしてるの?わたしのこと。女だからって……それとも、わたしなんか警戒するには及ばない人間だと言いたいの?」


「ばかになんてしてません。オレは…ただ、名前さんにそんな姿をさせたくなくて……こんなところにいるのだって、名前さんには似合いません。」



小さく息を呑む声が聞こえたのはオレの聞き間違いではないと思う。彼女の右手に収まっていた黒光りする凶器がカチリと音を立てた。その銃口が向く先は間違いなくオレだ。寸分の狂いもなく照準を合わせて、躊躇いもブレもない構えに一段と深くめり込む凶器はさすがに息苦しさを感じさせる。



「あなたとまともな会話をしようと思ったわたしがばかだった。…本当に大嫌い。そうやって全て見透かしたかのように振舞うあなたが。」


「……オレ、は…ただ名前さんのことを知りたいだけです。あなたの笑顔がみたい、それだけです。」


「もう終わりにしましょ。こんな茶番。…ボンゴレは取るに足らないファミリーだった、それだけのこと。あのお方が手を下さずとも、わたしの手で屠ってあげる。」


「…それじゃあ、最後に一つだけ。オレのわがままを聞いてくれませんか?」



今にも火を噴きそうな銃口に圧迫された喉仏を、ごくりと鳴らしながら紡いだ言葉は酷く掠れていたけれど、幼さが残る彼女の顔が怪訝そうに顰められたことで伝わったのだと判断した。誤射しないようそっと黒光りする凶器へ右手を添えトリガーを固定しつつ、左手で彼女の後頭部を引き寄せた。
ようやく重なった熱に、吐息すらも呑みこんでしまうかの様に唇を食んで、彼女を侵す毒々しい紅を排除するべく幾度も甘く柔らかなそこへ舌を這わせて舐めとっていく。焦がれて待ち望んだ彼女との口付けは酷く甘美で恍惚とした気持ちにさせられる。軟弱だ、ヘタレだ、優男だ…いろいろ言われてきたオレにも、少なからず備わっていたらしい情欲があっと言う間に理性を綻ばせていく。夢中で幾度も貪るように舌を捩じ込み好き勝手に彼女の咥内を堪能していた。



「っ…ばか、……なんで、きす、なんか…!」


「すみません…でも、オレ、名前さんが好きです。あなたにだったら、望む全てのものを捧げたい。騙されてもいい。命を奪われてもいい。たとえそれが白蘭の思うツボだったとしても…。」


「…やめ、て!…そんな言葉、聞きたくない!…わたしを惑わせない、でっ!」



あんなにしっくり馴染んで、身体の一部にすら見えた黒光りする凶器を放りだし、頭を抱えて小さく震えだした彼女。あまりにも儚くて愛しくて、考えるより先にその華奢な身体をオレの腕の中に閉じ込めていた。惑わせているつもりは更々ない。全てオレの本心だと伝えてしまえば彼女は壊れてしまうだろうか…。
さっきまでは何とか表面張力を保っていた水分も堰を切ったかの如く次々に溢れだし、白くふっくらとした頬を濡らしていく。拭ってやりたいけれど、それ以上に今はこの腕の中の温もりを手離したくなくて、ゆっくりと唇を近づけ赤らんだ目元へ舌を這わせて拭うと、ぴりっとした塩気が舌先を刺激する。


横暴だけど女子供には手をあげない、と豪語する家庭教師様ならどうするんだろう?この場合。…こういう勉強はからっきしだったな、なんて暢気なことを考えつつ、一周りも二周りも小さく薄い背中をとんとんと撫でて続けた。





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