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「りょーたくん…」



お気に入りのソファの上で膝を抱えて呟いてみる。ずぼらな性格だからこそ、ベッドよりもソファに拘った。そのまま寝てしまっても良いように、わたし一人くらい余裕で寝転べて適度な硬さがあるソファ…という条件になれば、選択肢はかなり限られてくる。だからこそ、このたんぽぽ色したソファは運命的とも言える出逢いだったから、即買いしたわたしは悪くないと思う……たとえ必要経費に分類されている教材代の半分以上をつぎ込んだとしても、だ。



「…、りょーた、くん…。」



普段ならば圧倒的な存在感でこのソファを独占する彼が、いない。それだけのことで、当初は気に入っていたはずのソファも、この広すぎるスペースも、酷く居心地が悪い。
そう言えば…以前携帯を片手にコーヒーを呑んでいたときにうっかり零してしまったんだった。僅かに染みが残るクッション部分へそっと指先を這わせれば、皮特有のひんやりと冷たい感触がざわりと心を震わせる。せっかくだ、この機会に変えてしまおうか…。彼がいない度にぐずぐず沈みこむくらいなら、ひとりでも窮屈と思えるほどのサイズを買い直せばいい。そうすればこんな想いをすることも、彼に対して恨み事を抱くこともなくるなるはず…。



知らず知らずのうちに強く握り締めていたクッションに気づき、指先の力を抜くと元の形へ戻ろうとむくむく体積を増していく。それに合わせてほのかに鼻孔を擽る柑橘系の香りに一瞬で脱力してしまう。ごろんとソファへ寝転び先程も体感したひんやりとした皮へ鼻先を擦りつければ一層強く香る匂い…、彼だ。彼が此処に居る。瞳を閉じでゆっくり深く呼吸をする度わたしを満たしていく。
先程までは憎たらしくさえ思えていたこのソファが途端に愛しくなる。自分の単純さに泣きたくなるくらい…それでも、焦がれて求めてしまうんだ…彼を。



「……りょーた、くん…。」



聞きたい声が返ってくることはないと解かっていても、唇から零れる音は消えはしない。静寂した室内に吸収されても辞められない行為。呪文のように飽くことなく彼の名前を紡ぎながら、彼の香りに抱かれて眠る日々は既にわたしの日課となっている。



「…相変わらずっスね。そんなにこのソファ気に入ってんスか?」



まどろみとの勝負なんて端から負ける気しかない。むしろそれでわたしの安寧を手に入れているくらいだった。…それなのに、邪魔をした人物が彼だと解かるや否やだらしなく緩んでしまうわたしの頬は至極正直だと思う。



少し色あせたたんぽぽ色のソファからほのかに香る柑橘系の匂いと、わたしを緩く拘束する男性らしく逞しい腕の持ち主から漂う、噎せかえるほどに強い柑橘系の香りに包まれて、くらくら揺れる脳内に合わせてふわふわ揺れる思考が堪らなく心地良い。元を辿れば同じ匂いのはずなのに、どうして彼から発せられる香りはこんなにも甘くてわたしを惹きつけてやまないのだろう?



「…おかえり、りょーちゃん。」



さっきまでは拠り所であったお気に入りのソファとは比べようもないほど温かくて広い彼の腕中に擦り寄る。撮影の衣装だったのか恐ろしく肌触りの良い白いシャツへすんすんと鼻を鳴らしながらおでこを押し付ければ、小刻みに揺れる空気と降り注ぐだいすきな音。



たんぽぽ以上にきらきらとした色彩を持つ彼は何よりも輝いてみえるし、実際端整な顔立ちをしていると思う。だけど、それ以上にわたしが気に入っているのはこの香りだ。さながら蜜に誘われるミツバチのようにわたしは彼から離れられない。



緩く閉じた瞼の上へ落とされる熱に恋焦がれて腕を伸ばすよりも速く、骨張った長い指がわたしの背中を伝って腰をぐっと支えてくれる。絡みつく彼の腕が何とも言えない充足感を与えてくれて、先程までの不満はどこかに消え去ってしまった。



「ただいま、名前ちゃん。」



たんぽぽに恋したわたしは今日も君に酔う。



(( ほんとは寂しそうにオレの名前を呼んでる君を見るのが日課だ、なんて言ったらどんな反応するんスかねぇ…? ))





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