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あれから数カ月。オレは肝心なことをまだ言えないでいた。

今日は一段と周りが慌ただしい。まあ、パーティと名のつくマフィア同士の腹の探り合いなんて、珍しいものではないけど…今回行われるのは、彼女の目通りを目的としたものだ。既に式や書類上のやり取りは終えてしまっているものの、ボンゴレとしてはこちらの方が重要らしい。
昔から付き合いのあるファミリーはもちろん、彼女との出逢いを機に交流を育むことになったファミリーが多いのも事実だ。オレたちだけの自己満で済ませるわけにはいかないことは解かる…けれど、やっぱり彼女のことを想えばそっとしておいてほしいのが本音だ。

全員が諸手を振って祝福してくれているわけじゃない。ボンゴレには敵も多いし、彼女の父親との件もある。できることなら、彼女の憂いは全て取っ払ってあげたい。だけどオレ自身、みんなのことを危険に晒すようなことはしたくない。
こんな職業じゃなければ、結果は変わっていたのだろうか…なんて夢にもならない願望をかき消すように朝から右往左往しているみんなに混じって、いつもとは違う卸したての真っ白なスーツへ袖を通すと、彼女を迎えに行くため部屋を出た。



扉の向こう側は既に賑わっているだろうことが容易に想像できる。頼むから問題だけは起こさないでくれ、とボスに有るまじき思考が脳裏をよぎるほどには、守護者たちとの生活は長い。思わず吐き出しそうになった溜息をぐっと飲み込んで、隣に佇む彼女へ視線を向ける。

パーティに合わせて着飾った彼女は一段ときれいだ。オレのスーツと対になっているデザインらしく、純白のドレスに身を包んでいる。パートナーとしての意識を強く抱かせる要因にもなっているソレは至ってシンプルで、フリルや刺繍と言った装飾はほとんど施されていない。主役は彼女だからもう少し華やかなドレスがいいかと思っていたけど、凛と立つ彼女の雰囲気にぴったり合っている。そんな彼女の胸元に淡く、けれど、その存在を主張するオレンジに何とも言えない優越感と安心感がこみ上げて、自ずとだらしなく口元が緩んでしまう。


"なくしたくなくて、もったいなくて付けられない。"


そう言った彼女をなんとか説き伏せることに成功したあの日から、毎日欠かさず彼女の胸元で輝いて、彼女を…オレたちを見守ってくれている。今日もたくさんのジュエリーが用意されていただろうにも関わらず、彼女がそれを選択してくれたことが単純に嬉しい。一人相好を崩していたオレに疑問を感じたのか、繋がる手に力が籠ったことに気づき、慌てて表情を引き締めて彼女と向き合う。オレの緊張が伝わったのだろう。くるくると表情を変えていた彼女も引き締まったように口元を結ぶ。



「……みんなにお披露目する前に、少しだけ…オレに、時間をくれる?」



いくらイタリア語を学んだとしても、取り繕うばかりの笑顔を張り付けられるようになったとしても、オレの中身は結局何も変わっていない。コーヒーや紅茶だっておいしいけど、一番ホッとするのは日本茶だし、料理だって肉じゃがだったりサバの味噌煮だったり、おでんだったり…日本食の方が箸が進む。生粋の日本人なんだ。だから、こうやってオレ自身の気持ちを言葉に表すのはとてつもなく苦手だ。
目の前で不思議そうに佇む彼女をちらりと盗み見る。未だオレの決心がつかない状態で数分前から突っ立たせている状態にひどく申し訳なく思うけれど、もう少しだけ待ってほしい。それすら言葉にすることができないオレはあの頃と変わらずダメダメなままだ。

徐々に形の良い柳眉をハの字に垂れ下げ困惑を露わにする彼女。ずいぶんと表情が出るようになったな、なんて安堵と共に呑気な思考へと逃避しそうになるのを内心叱咤しつつ、小さく細い彼女の手をそっと両手で包むように握る。



「ごめんね。オレ、君に伝えてないことがあったから。きっとこの先、辛い想いも我慢もいっぱいさせてしまうと思う。それでも…名前とのこれからを一緒に生きたいんだ。」



不思議なもので、あれほど緊張に押し潰されそうだったにも関わらず、彼女を前にして言葉を紡いでいけば自然と肩の力が抜けていく。気恥ずかしさはあれど、彼女へ伝えたい想いはオレの本心であり、彼女に知ってもらいたい気持ちでもある。

お互いを認め、共に歩むことを決めた証であるシンプルな銀色の輪が、彼女とオレの左手の薬指に光る。愛しむようにそっと親指の先で撫ぜて、彼女の小さな手を握り直せば、改めて彼女へ視線を戻す。身勝手でどうしようもないダメダメなオレ。不器用なオレでは一丁前に"しあわせにする"なんて宣言できるほど出来た人間じゃないことは百も承知だ。だけど、せめて彼女の笑顔を守っていきたい。他の何を諦めたとしても、これだけは譲れない。



「好きだよ、名前。」



ようやく伝えたかった言葉を口にすることができた。何とも言えない充足感と目の前で頬を染める彼女の愛らしい姿に、堪らずその小さくふっくらした赤い唇を奪ってしまった。我慢できなかったんだからしょうがない、なんて彼女に言ったらどんな表情を見せてくれるのだろうか。


たくさんの感謝を君に。



Grazie.


   *   あとがき




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