dream | ナノ


次の休日出掛けよう。そう言われて戸惑いながら頷いたのは記憶に新しい。何故?そんな思いでいっぱいだった。
わたしの仕事は、ファミリーの皆とそれとなく上手くやって、時に彼の隣で挨拶回りをして、そして彼と一定の距離感でただただ毎日を生きて行くこと。
この先本当に結婚しろと言われれば結婚するし、跡継ぎを産めと言われたらわたしは子どもを産む。拒否権も選択肢もないのだ。



わたしがそんな風に思っているからか、将又たまたま彼の気のゆるみだったのかは分からないけれど、彼自身がこの婚約を受け入れていないことはすぐに解ってしまった。腑に落ちてないのだろうと思う。納得もしていない。初めて会ったそのときから、彼の瞳の中には諦めと拒絶が見えた気がして、それでも大きなファミリーのトップに立つ人。もちろん簡単に隠されてしまったけれど、あの瞬間の瞳は見間違いではないと、思う。



わたし自身も必要以上関わらないようにしているし、余計な事は言わない。心を開いたら苦しくなるのが目に見えている。自分の役目を全うすることに集中するべきで、彼と過ごす時間は機械的でなければならない。



だからこそ、彼のファミリーが皆してわたしのことを比較的穏やかに暖かく迎えるからわたしは胸が痛むのだ。わからない。いつでも優しく声をかけてくれるし、案内もしてくれる。生活の目安も教えてくれるし、すれ違うだけで挨拶してくれる。ないがしろにされたことなんて一度も無かった。
それが、決してボスの婚約者だから、という理由ではなく……どこまでも、わたしを受け入れようとしてくれている優し過ぎる想いが詰まっていてわたしの気持ちがちっとも追いつかない。純粋にわたし自身と話をしようとしてくれている人が多過ぎるのだ、あまりにも。



そして、肝心の彼は彼で毎日のように仕事の合間に顔を見せてはわたしを気遣う。足りない物はない?不自由してない?必要な物は?我慢しないで、そんな優しい言葉を並べる彼にわたしはいつもほんの少し戸惑って、笑顔をぶら下げて首を振る。そうすれば彼は困ったように笑って、そっか。おやすみ。そう残して自室へ戻っていくのだ。


その背中がどこか小さく見えるのは…いや、きっとこれも、わたしの気のせい。




彼の行動が読めない。どうしてこんなことするんだろう。どうしてわたしにそんなに気を遣うのだろう。どうして、彼は拒絶していたはずのわたしを外出に誘ったのだろう。
彼の話を聞く限り、本当にプライベートらしい。仕事ではなく、ただただ純粋にわたしと出掛けようとしているのだと解ればわたしの頭の中はますます何故?で埋まって溢れてしまう。



「…何を、着ていけば」


「畏まらなくていいよ、少し買い物に行くだけだから」



そんな会話を思い出して、普段と然程変わらない格好をして、少しそわそわ。落ち着かない。身内以外の誰かと出掛ける事なんて今まで無かったこと。どうしていいのかわからなくて、ノックされるドアに今までに無い程心臓が跳ね上がった。
彼の言う通り、彼自身とてもラフな格好で、指に車のキーをひっかけてじゃあいこうかなんてぎこちなく笑う。こくん、と頷いて彼の後をついて行って、そのまま車に乗せられて、大した会話もないまま流れ出す景色。



時々思い出したようにお天気良いね、と声をかけられ、そうですね、と返す。それが精一杯だったのだろうと思う。わたしは別に会話をしようなんて思っていないし、彼が行きたいところに行けばいいと思う。やりたいようにやったらいいし、そこに何故わたしが必要なのかは解らないけれど、とっても悪い言い方をすればどうでもよかった。
わたしの人生なんて、そんな想いだけが立派に心の奥に潜んで確立していく。がんじがらめになっていく、どこまでも。こうあるべき、そんなことばかり考える。わたしに求められているものは、明確だ。父親がわたしに望む事はただ一つ、目の前の彼と結婚するということ。それが、わたしの生きる道。そんな道でしか、生きていけないわたし。



自問自答を繰り返してはぐるりぐるりと同じところを回るわたしは、道中運転の合間に彼の視線がわたしに向いていた事など知る術もない。



「酔ってない?大丈夫?」



そう言ってそっと開かれる助手席のドア。差し出され、一瞬空を彷徨い慌てて戻って行く彼の手。どうしてそんなに気を遣うのだろう。手を引きたいなら引けばいいし、無理に触れようなんてしなくとも良いのに。



彼の後を追って足を踏み入れたのは少し前に新しくオープンしたショッピングモール。世間一般の休日と重なったこともあり、それなりの人でごった返している。気になるところがあったら声かけてね、そう言って歩き始めた彼の後を一定の距離を保ちながらついていく。途中、振り返っては何か食べたいものある?とか、見たいものない?とか、あまりにも彼がわたしを気にしているから、少しばかり申し訳なさが顔を出して



「沢田さんに、ついていきます」



今日初めて絡む視線。わたしの一言に彼はお決まりの困ったような笑顔を浮かべて、参ったなあなんてぼやいている。困らせてしまったのだろうか。けれど、率直な気持ちだった。彼の見たいところへついていく気しかなかったわたしは、まさかこんなにも色々聞かれるなんて思ってもみなかったのだ。どうしていいかなんて、まるでわからない。
女の子って、何が好きなんだろう。小さくそう聞こえた気がして、次の瞬間彼に軽く腕を引かれる。されるがまま入ったのはお財布や小物入れ、それから……小さなアクセサリーがたくさんあるお店。



「こういうの、あんまり好きじゃない?」



動かないわたしを見て不安になったのだろうか。本当に、どうしてわたしなんかのためにそんなにも表情を変えてくれるのかわたしは不思議でたまらないけれど、そんなことないという意味を込めて少しだけ口角をあげて首を振れば彼の顔はまた安心したように穏やかな顔になる。
そんな彼の表情を見ていられなくて、逃げるように視線をアクセサリーへ移す。自分で選んだ物を身につけることは今まで無かったけれど、それでも、わたしだって一応は女子なのだ。気になるし、嫌いじゃない。眺めてるだけで夢を見せてくれる小さなアクセサリーがわたしはすきで、少しだけ、彼から離れて店内を歩いていく。



気付いた彼はそっと後ろをついてきたけれど、何を言うでも無く、何をするでも無く、ただなんとなく見られてるだけだけど嫌な感じもしなくて…どうしてだろう、少し見守られているような感覚に陥ってしまう。彼の才能なのだろうか、伊達に巨大ファミリーのトップに立っていないんだなあとこういう日常の一瞬に感じてしまうのだ。


日頃、マフィアとは結びつかない程穏やかな空気を纏う彼しか……わたしはまだ、見た事がないから。





その後、軽く食事を済ませて、またお店を点々とする。ケーキ、買って帰ろうか。そう言って振り向いた彼の表情は、到着した時よりもずっとずっと飾り気のない人懐っこい笑顔でわたしはまた、戸惑う。
そうですね、としか言えない。甘いもの食べられる?と、わたしへの気遣いを忘れない彼にぎこちなくも頷いた。それなら、と彼が笑って歩き出した瞬間、肩に小さな衝撃。



「ごめんなさい、」



わたしの声が届いたのかは解らない。誰かにぶつかったはずなのに、相手はもうそこには居なくて、はっとして前を向いたら彼もそこから消えていた。



「沢田、さん?」



完全に見失ってしまった。それもそのはずだ、今まではぐれなかったことの方が不思議なくらい、人の流れがある場所でうっかりよそ見をしたわたしが悪い。わたしの背丈じゃ見渡すことは困難で、同じく彼からもわたしの姿は見えないだろう。いや、そもそも彼は…気付いているだろうか。



元々この話に納得出来ていなかった彼は、もしかしたら、このままわたしを置いていなくなってしまうかもしれない。都合が良いだろう、わたしが逃げたと言えば父親は血相変えて謝り倒すだろうし、わたしはあっという間にあの家に連れ戻される。マフィアと言っても流石に自分の娘を殺すような人ではないけれど、今まで以上に、狭い世界に縛り付けられることだろう。



……ふと、辺りを見渡せば同年代の女の子たちが楽しげに会話を弾ませながら洋服を手にとっているし、ベビーカーの上でにこにこしている子どもとそれに語りかける親がいて、腕を組んで歩く恋人がいる。
きっと、それぞれの人たちにとっては当たり前の日常で、だけどわたしには少しだけ眩しく見えて、彼の存在だって彼のファミリーだって、わたしには眩し過ぎるのだ。



生きている世界がまるで違う。彼を初めて見た時から感じていたことは、その一言に尽きる。彼はもっと、広くきれいな世界で生きて来たように見える。純粋に見える、とても。
いっそのこと、このままわたしが消えてしまえばいいのに。彼のあの困ったような笑顔を見る度に、わたしの胸の奥底が軋んで痛んで仕方が無くて、人で埋もれるこの小さな空間で瞼の裏から離れない彼の背中を消し飛ばすように俯いた。



どうか彼が、気付いたりしませんように。


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