周りの人間と、自分を取り巻く環境が違うことに気付いたのはいつだろう。危険な目にあった事はそんなにないけれど、今思えば学校の登下校は必ず車がついていたし、友だちと気軽に出掛けることも許されなかった。そのせいか、私の周りに友だちなんて呼べるような人はいなくて、いつの間にかこの真っ黒な世界に独り取り残されていた。 だから、別に明るい未来を夢見たこともなくて、やりたいことなんて一切させてもらえない毎日が当たり前で、いつでも強面のおじさんが傍にいた。自分の両親よりずっと、父親の部下と共に過ごす時間の方が長かったわたしはきっとほんの少し自分の人生に対して投げやりになっていたのだと思う。どうでもよかった。だって、マフィアなんて、ろくな人生を送ることもなければ、ろくな死に方をすることもないのだから。 生まれてこなければよかった。そんなことを思ったことなんてない。私はただただ、自分の生きていく道を、決められていく道を、受け入れていくだけ。 だから、父親に久しぶりに呼びだされた時点でなんとなく覚悟は出来ていたのかもしれない。封筒に入った書類。上手くやって結婚しろ、そんな一言だけを私に残して、それでも思いのほかすんなりと私はその言葉を受け止めて封筒を受け取っていた。 拒否権なんてなかった。どうあがいても、この息苦しく暗い世界から抜け出すことなんて出来ないのだ。きっと、もがけばもがくだけ、自分が苦しむことになる。 相手に興味なんてなかった、と言えば少し嘘になるけれど、受け取った書類を机に置いて目を通すことをしなかったのはきっとすごくちっぽけな最後の抵抗。相手のプロフィールを知ったところでどうにかなるわけでもないのだから、別にそれでいいと思うのだ。相手もきっと、私の事になんてまるで興味がなくて、私はただただ、隣でにこにこしていればいいだけだ。 ほんの少し、普通の女の子みたいに、お洒落をして、恋をして、おしゃべりしたり美味しい物を食べたり、好きな人と一緒に過ごして胸をときめかせる瞬間を諦めきれない気持ちはあるけれど、そんな気持ちも造り上げられたその日までには全て捨てなくてはいけないと言い聞かせる。しあわせになんて、なれなくてもいい。ただ、私は、これから出会う顔の知らない相手とそれとなく上手く生活を営めばいいのだ。それが私が手に入れられる最上級の、しあわせというやつだろう。 着飾って、父親の部下に手を取られ車を降りる。カツン、履き慣れないヒールが地面を鳴らせば私の未来が遠ざかっていく気がした。さようなら未来。精々死ぬまで上手くやることね、なんてひねくれすぎだろうか。 |