――別について来なくて良かったのに。
そう思いながら、木佐は、今日も変わらずキラキラとした笑顔を浮かべて隣を歩く雪名をチラリと見た。





はちみつレモン





今日は校了明けということで、久しぶりに雪名とふたり、家でのんびり過ごしていた。
そんな折、明日必要な書類をまだ印刷していなかったことに気付き、慌てて印刷していたのだが、何と途中で用紙が切れてしまった。
こういう時に限って買い置きは無く、また朝一で提出しなければならない書類だったから、出来るだけ今日中に準備しておきたい。
そう考えると木佐が取るべき行動は、ただひとつ。
用紙を買いに行くしか無かった。
そんなこんなで、仕方無いから近くのコンビニで買ってこようと、リビングにいた雪名に出掛ける旨を伝えたのだが、それを聞いた雪名は何故か「一緒に行きます!」と即答した。
最寄のコンビニまで往復10分。
正に「ちょっとそこまで」というような取るに足らない距離であるし、夜で多少気温が下がっているとは言え、今は夏だ。
一歩外に足を踏み出せば、じわりと肌に纏わり付くような暑さに襲われるのだから、わざわざついて来ずとも、温度設定は高めながら冷房の効いた涼しいリビングに居れば良い。どうせすぐ戻るんだし。
そう思って、ひとりで行くと言ったのに、それを全く聞き入れず、自ら進んでついていくことを決め、いま隣を歩いている王子様は、まるで鼻歌でも歌い出しそうな程、上機嫌だった。
バックにはきっといつも以上に、花や星といったキラキラしたものをこれでもかと散らしているに違いない。
…つーか、たかだかコンビニに行くだけなのに、何でそんな嬉しそうに頬を緩めてんだ。
そう内心ひそり首を傾げていると、不意に小さく咳が出た。
それでここ最近喉の調子が優れないことを思い出した木佐は、――あ、どうせコンビニに行くなら、ついでにのど飴も買って帰ろ、と、買い物リストにのど飴を追加する。
放っておいて悪化するのも良くないし、気休め程度でものど飴を舐めておけば、まだマシな筈だ。
そう結論を下したところで、ふと隣から「…あぁ、そうだ」と何かを思い出したような柔らかな声が聞こえた。
その声につられるまま雪名の方を見遣ると、やはり柔らかな笑みを浮かべた雪名と目が合った。



「なに、」

「いえ、はちみつレモン作って冷やしてありますから、寝る前にちゃんと飲んでくださいね」

「―――え??」

「…喉、調子悪いんでしょう??」

「……何で、知ってんの」

「ええと、いつもよりちょっと声が掠れて聞こえるんで、喉の調子が悪いのかな、と思って、――大丈夫ですか??」




…あぁもう、本当に、コイツには敵わない。
自分でも咳をするまで忘れていたというのに、『作ってある』ということは家を出るもっと以前からそれに気付いていた、という訳で。
どれだけ雪名は注意深く自分を見ているのだろうかと、惜しみ無く与えられる雪名の愛情に、もはや何度目か分からない胸の高鳴りを感じた。
そうして、照れからか、じわりと頬に集まる熱を何とか逃がそうとペタペタと手の甲を頬に当てながら、「あぁ、うん、大丈夫」とたどたどしくも笑って答えれば、雪名はふわりと温かな、けれどどこか幼い顔で微笑った。
あぁ、やっぱり今日の雪名は常以上に笑っている気がする。




「…つーか、機嫌いいな、お前」

「えー??
だって、木佐さんとの久しぶりのデートですから」

「……デート??
コンビニに用紙を買いに行くだけだろ??」

「そうなんですけど、それでも、俺にとっては木佐さんと一緒なら、目的地がどこであろうと、それはデートなんです。
――それに、」

「それに??」

「…ふたりでこうして出掛けるのも随分と久しぶりですから。
目的地がコンビニだろうと、木佐さんと一緒に出掛けられることがすげー嬉しいんですよ」




あぁもう、コイツは俺のことを殺す気だろうか。
コイツと付き合うようになってからというもの、ドキドキしっぱなしで、日々確実に寿命が短くなっている気がする。
大体、一緒に出掛けられて嬉しい、――なんて、そんなのこっちだってそうだ。
家を出る前には、近場だしひとりで行くと言ったものの、何だかんだこうしてふたり一緒に出掛けられることは木佐も嬉しかった。
それをコイツは分かっているのだろうか。
…分かっていないんだろうな。
なんせ雪名は、惜しみ無く、これでもかとばかりに木佐に愛情をぎゅっぎゅと注ぎ込んでくる癖に、その見返りを求めることはほとんどない。
それは愛情を向けられることに慣れておらず、すぐに照れてしまう木佐を気遣ってのことなのかもしれないが、木佐としては時折それが歯痒くもあった。
そして、溜息ひとつと共に視線をスッと下げれば、雪名の骨張った右手がフラフラと歩みに合わせて揺れているのが見えた。
――思えば、肌を合わせたことは数あれど、手を重ねたことはまだ無かった。
不意に思い至った事実に、何ともまぁ快楽主義者として生きてきた自分らしいと内心ひそり苦笑しながら、木佐は惹かれるままその成人男性にしては小さく華奢な手をそっと雪名へと伸ばした。
この手を繋げば、少しは内に秘めた想いが伝わるだろうか。
与えるばかりでなかなか見返りを求めない雪名に、自分だってお前に与えてやりたいと思っているのだと気付いて貰えるだろうか。
お前ひとりじゃなく、ちゃんとふたりで恋愛しているのだと……お前は気付いてくれる??
――そうであれば良い、そう祈りを込めて、お互いの手の甲がコツンと触れ合ったのをきっかけに、木佐は雪名の手をきゅっと握った。
指を絡めるなんてことは恥ずかしさが募って、とても出来ないし、目を合わすことも出来ないけれど、それでも。
チラリと横目に見ると、雪名は蜂蜜を混ぜたように優しく甘やかな表情を浮かべて、包み込むように木佐の手を握り返して来たから、今はそれだけで幸せだった。




「ゆきな」

「はい」

「…帰りは、違う道から帰るから」




最寄のコンビニまで往復10分。
けれど、せっかくのふたり揃っての外出だ、たまには回り道をして、雪名がいうところの『デート』を楽しむのも良いかもしれない。
木佐の意図するところに気付いた途端、雪名は、ぱあああと輝かんばかりの笑顔を浮かべ、強く手を握り返してくる。
そんな様子を見ながら木佐は、さぁ、何分掛けて家へと帰ろうかと、帰り道の順路と所要時間を弾き出し、そっと甘やかに微笑った。



2011.8.3




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ねぇねこと花霞さまより頂きました!
本当は8月3日のはちみつの日限定フリー文なのですが、我儘と駄々を沢山こねたら特別に持っていって良いよって言ってくださったのでお言葉に甘えて頂いてきました。
またもや大好きすぎるおねーさまです。本当に言葉どおりに可愛がって貰えて私は死ぬほど嬉しいです。誰かー!ドコデ○ドアを…!
木佐さんが大人だけど可愛くて、雪名が出来る子すぎて欲しいくらいです。
8月3日のイメージが可愛くて新しく忘れられない日になりそうな位可愛い二人です。
はちみつの日、手帳に記入良し!
ねぇね大好きさー!本当にありがとうございました!



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