** 21:36

 校了明けで、明日は休みで、久しぶりに日付が変わる前に帰宅できる。

 明日は一日何をしよう。とりあえず目覚まし時計のセットを解除して心行くまで寝る。それから洗濯と掃除と、久しぶりに読書もしたい。出来れば本屋にも行きたいが、もしかしたら家事だけで一日終わるかも知れない。まぁそれでもいいか。

 ――なんて楽しいはずの計画は、背中から聞こえた「小野寺」という声の主を悟った瞬間、崩れ去った。

「‥お疲れ様です、高野さん」
「悪いが仕事が入った」
「は?‥はあ、それが何か」
「だから、先帰ってろ」

 理解出来ないまま差し出されたのは、俺の持っているものとよく似ていた。

「あの‥一体これは何でしょうか」
「俺の部屋の鍵に決まってんだろ」
「はあ!?何言ってんですか!」

 鍵を渡される云々以前に、なぜ当たり前のように高野さんの部屋に行くことになっているんだろう。というより、それを当たり前のように言ってくる高野さんが俺はすごく怖い。

「何時になるか分かんねーし、適当に風呂でも入っとけ」
「ちょ、ちょっと!人の話を――」

 グイっと距離をつめられて思わず目を閉じると、いきなり深く口づけられ全身の力が抜ける。彼はそれを狙っていたかのようなタイミングで、俺のポケットに強引に手を突っ込み、鍵を入れた。

「逃げたらどーなるか、分かるよな」

 耳元で囁かれたかと思うと、ドン、と背中を押され、エレベーターの中にのめり込まされた。

「ちょ‥っと!たか、」

 のさん!と言い終わる前にむなしくも扉が閉まる。ガコン、と鈍い音と共に降下を始めた四角い箱の中で、一人ため息をついた。エレベーター独特の浮つくような感覚と、あの人のせいで上昇した体温のくらくらした感覚が重なる。
 貴重な休日がなくなった、どうしてくれるんだ、そう心で悪態をつきながらも、妙にこの後の展開に緊張している自分に嫌気が差した。

 ――最後に彼の部屋に行ったのはいつだろう。もう随分と前だった気がする。忙しさにかまけて最近全く触れ合っていなかったから、余計に胸が逸ってしまう。

 ああ、だめだ。嬉しいなんて、思ってはいけないのに。


 (こうなったら、高野さんが帰ってくるまでに寝てやる!)

 自分でも訳が分からない決意してエレベーターから降りようとしたとき、ポケットの中のものが小さく音を立てた。









** 22:29

(なぜ俺はこんなところにいるのだろうか‥)

 鍵を開け電気を付け、コートと鞄を床に置く。一連の動作を済ませたあと、改めてこの場所に来たことを後悔した。

 いや、でも、だって、俺が高野さんの部屋に行かなかったら、高野さんは家に帰れないじゃないか。

 (こ、これでもし高野さんが合鍵持ち歩いてたら‥)

 ははは、と乾いた笑いが響いた。


 風呂入っとけとは言われたけれど、さすがにそこまで礼儀を欠くことは出来ない。かといって持ち帰った仕事もないし、今更自分の部屋に帰ってしまうのも気が引けた。

 (‥何、しよう)

 思ったよりも時間は進むのが遅い。

 認めたくないが、今日のような校了開けや休みの日はもちろん、仕事の合間のちょっとした時間すら彼の傍にいるのが当たり前になってしまっているわけで。
 決して一人が寂しいわけではないが、あるべき人があるべき所にいないだけで、この部屋がただの箱でしかなくなったように感じるなんて、今の俺はもしかして相当――寂しいのかも知れない。
 こんなことなら仕事終わるの待っておけばよかったと、ほんの少しだけ思ってしまって、それが余計に寂しさに拍車をかけた。

 (高野さん、はやく、)


 ふと、椅子に掛かっているコートが目に入った。きっと高野さんが朝着て行くかどうか迷った際に椅子に置いたのだったのだろう。
 その存在を意識してしまうと、なぜかそれに向けて勝手に体が動いた。気付いたときには遠慮がちにそのコートを手を取り、ゆっくりと抱きしめていた。

 それだけで、すごく安心した。

 ソファに腰をかけて目を閉じる。コートから微かに香るタバコの匂いが、彼を近くに感じさせた。

 (高野、さん‥)

 はやく、帰ってきて。

 そう呟きなから眠りに堕ちた瞬間、玄関のドアが音を立てた。





** 23:54

 コポコポとコーヒーが沸く音で目が覚め、目を擦りながら起き上がると何か落ちる音がした。その音のせいか台所にいた高野さんがこちらに気づき、カップを持ちながらソファーに近づいてくる。

「ああ、起きたのか」
「すいません、寝てしまって‥」

 今だに目が開かず手の甲で擦り続けたまま、起こして下さってもよかったのにと言うと、彼はカップを机に置きながら、それがさ、と続けた。

「寝返り打つたびに、俺のコート抱きしめるのがすげー可愛くて」

 起こすに起こせなかったんだよなーと、先程起き上がる際に床に落ちたのだろう、自身のコートを拾い上げながら言った。

 ――そしてその言葉で俺は、完全に目が覚めた。

「わー!わー!わー!」
「いやー悪かったな。寂しかったんだろ」
「な、何言ってんですか!」

 かああっと、一気に赤面してしまうのがわかる。どうしよう普通に恥ずかしい!今すぐタイムマシーンで過去に戻って寂しいとか思ってしまっていた馬鹿な自分を張り倒してやりたい。‥およそ2時間ほど前まで。

「しかし、自分のコートあるのに、わざわざ俺のを使うとはな」
「だからっ、これはその、たまたまで!別に深い意味はなく!」

 必死で否定しているのに、高野さんの不敵な笑みは変わらず。もはや不敵というか勝ち誇ったような笑顔で、俺の方を見てにやにやしている。
 どうして俺はこういうことをしてしまうのだろうか。再会してからは一度も言葉にしていないのに、俺の行動一つ一つが高野さんのことを好きと言ってるようなものだ。

「お願いしますから、忘れて下さい!」
「なんで」
「なんでってそりゃ‥!」

 恥ずかしいからに決まってんでしょーが!と叫び背を向けると、後ろからふわりと抱きしめられた。

「お前はほんとに可愛いなぁ」
「なな何言ってんですか!」
「俺、今すげー嬉しいんだけど」

 どうしてくれんだ、なんてこの上ないほど優しく言われて、悔しさと恥ずかしさから、うぅ、と唸ることしか出来なかった。かわいいなんて男が男に言われても全く嬉しくないはずなのに、高野さん相手となるとどうしようもなくその言葉がきらきらと輝いてしまう。

 ふと腕の力が緩んだかと思うと、片手だけ指を絡められて、そのまま手を引かれた。

「‥高野さん?」




「おいで、律」


 ――だめだ。好きすぎる。

 震える呼吸も速まる鼓動も、ぜんぶぜんぶこの人のせいだ。だから苦しいくらいに抱きしめて、同じ場所で同じ時を共有しているのだともっと実感させてさせて欲しい。でないと、どうしても寂しくなってしまって困るから。

 彼に預けた手を引かれて、ソファーに組み敷かれる。指を絡めたまま見つめられ、たまらなくなって思わず目を逸らした。

「好きって、言って、律」
「む、無理‥」
「俺はお前が好きだよ」
「やめて、下さい!」
「何で」
「何でって‥そりゃ‥」

 言えるわけがない。
 一度言ってしまったら、きっと何もかもが零れてしまう。素直になってしまったら、きっと何もかもが壊れてしまう。高野さんは、俺がどれだけ高野さんのこと好きなのか知らないからそんなことが言えるんだ。俺はこんなに、こんなに好きなのに。

「お前の口から、一度でいいから好きって聞きたいんだけど、やっぱ無理?」

 挑発的な口調は変わらないが、高野さんは余程上機嫌なのか、降ってくるキスは優しい。でもそれが今の自分には全然足りなくてとても苦しかった。

 だからつい、言ってしまったのだと思う。

「た、高野さん‥」
「何?」




「‥もっと」

 もっと、深く。

 言ったというより零れた感覚のその言葉に、不思議と恥ずかしさはなかった。それでも俺がこんな風にねだるのは初めてで、高野さんは至極驚いた顔を見せた。しかしその顔は徐々に悪戯を企む子供のような笑みになり、いつものように強引な舌が侵入してくる。
 さっきとは大違いで、優しさのかけらもない。息をする暇もなく徐々に呼吸は荒くなる。でも、酸素よりも、この人が足りない。全然、足りない。

 高野さんといたら、頭の中がぐちゃぐちゃになるしいろいろ恥ずかしいし、でも

「もっと‥」

 それでもいいと、思う。

 嬉しさも寂しさもぜんぶ詰めこんで、心も体も高野さんでいっぱいになって、そして今があればいいのだと。
 10年前に気持ちを置き去りにした過去も、この先何があるのか予測不能な未来も、そんなものはもういらない。ただこの人が今ここにいて、俺の隣で、ずっと、ずっと、

 愛してくれていれば。



「誕生日おめでとう、律」


 部屋の時計がカチリと音を立て、静かに日付を変えた。


around the clock
(四六時中、あなたに夢中)


月末さまへ、ありったけの愛を込めて!



‐‐‐‐‐‐‐
ナラタージュのまおらちゃんから頂きました。相互記念文。
初めて梗惚のリンクをサイトに貼って頂いたセカハツ初相互様。
運びの上手い内容になるほどーと思わず納得の声が零れる位感動しました。
色々な顔をした可愛い律ちゃんが見られます。
こんな可愛い律がいつか書きたいいや無理だ。←
受験、今の時期は指定校組と推薦組がバンバン決まって焦りたくないのに焦っちゃうような時だと思うのでどうかどうか焦らず自分のペースで!
陰ながらこっそりと応援しております。
素敵な相互文ありがとうございました!




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