夢雫石

美形だかなんだか知らんが男まみれの課に配属されること早2年目。
念願叶った1年365日を全て漫画漬けに出来る日々にめちゃくちゃ喜び、去年1年仕事をしてきた。(何故かバカグマや美濃さん、トリさんに目をつけられたが)
さて2年目。ちょっと気になっていた事を問うてみようと思う。



「はぁーい、それではそれではー!皆さんジョッキは行き渡りましたかー!?」

今日はやたらとテンションの高い木佐さんが上座側で小さいなりにでっかい声で乾杯の音頭をとろうとする。ちなみに、このチビスケ先輩はここが座敷部屋のただの居酒屋だってことを忘れてる。襖を開けたら隣の部屋のお客さんも一緒に乾杯できそうだ。


「おいモヤシ、お前ジョッキ持てないくらいの腕力なのか。」
「バカにしてんじゃねぇよ、お前の中の私はどんだけひ弱設定なんだよ」


隣がトリさんで正面が編集長、前斜めが律先輩という木佐さんの全く気にも止めていないウキウキのテンションを観察をしていたら何を勘違いしたのかバカグマ…営業の横澤氏がドン引きの顔をしながら私の大ジョッキまでを持とうとする。てゆか何でコイツエメ編じゃないのに当たり前の顔して私の隣に居るんだ、さみしんぼさんか。と思っていると私の正面の美濃さんにほらーそんな腕してるから言われるんだよーと細い瞳をお品書きに落としている状態のまま言われる。
この人、呑みの席ですら食わせる気だよ。何て事だ。


「ほらー、早く夏目持てってー!」
「やだー、木佐さん駄々っ子ー。」
「うるせーばーか!んじゃいくぞー、」


かんぱーい!と声高々に7人の声がこだまし、がつーんとジョッキ同士がぶつかる。
なんだかんだ言いつつも、やっぱ一杯目はビールだよなぁ、と思いながらジョッキに口をつけるとあっという間に飲み干した。


「くはー、うんまい。」
「あぁ!?イッキ呑みかよ!?」
「そこいらの男より男らしいな」
「俺、21の時はビール呑めなかったです」
「ネーム直しの完成度といい、負けっぱなしだな小野寺。」
「アンタは一言余計だ!」
「ぶひゃー、うっめー!ビールサイコー!」
「ふふ、木佐さん、それただのオッサンになってるよ。」


乾杯が終わった瞬間、わいわいガヤガヤとし出したそれが、同い年の異性の友人達と重なり、男は幾つになっても変わらないのだと再確認する。
チビチビと呑むと温くなって不味くなる。ビールは短期決戦型だと隣の横澤さんに言うと、呑み会にまで来て戦うなと空になったジョッキを呆れたように見ながらバカにされた。
失礼な。


「あ、美濃さん!おつまみ頼むなら軟骨の唐揚げと冷酒!後冷や奴!キムチ!」
「夏目、お前木佐以上にオッサンだな。」
「それ、俺に失礼でしょ高野さん」
「軟骨の唐揚げと冷や奴ね、後は?」
「あ、じゃあ俺、焼き鳥」
「あ、律先輩私も、」
「夏目さんも?」
「砂肝あります?」
「俺、砂肝ジャリジャリして美味しくないから好きじゃないんだよねー」
「あー、じゃあ別のにします?」
「俺ネギマ。」
「俺は砂肝イケる。」
「トリさん意外な所いきますね。横澤さんは砂肝ね、後は何か要ります?飲み物とか」
「ビール4つ!」
「はいはい。木佐さん食べ物はなんか要ります?」
「ウコン!」
「呑む前に飲んどいてください。すみませーん、」


なんだかんだ頼むものがいっぱいになったので美濃さんに押し付けるのもなんだなぁと思い、店員さんを呼ぶ。注文を言う内に高野さんがイカだの美濃さんがレモンサワーだの木佐さんがバターコーンだの追加で色々言っていくので、ついでに厚揚げも頼んだ。
呑み終わったグラスをなんとなしに集めて、机の端に置き、店員さんに手渡して営業スマイルを作りありがとうございますと声をかけると何故か固まられた。
固まる前に早く冷酒持ってこようよ。
顔を真っ赤にして襖を閉じた姿に首を傾けていると、奥から声が飛んできた。


「うっわ、夏目。それ必殺技だろ、合コンでやったら持ち帰り決定じゃね?」
「は?なに言ってんすか木佐さん。合コンで男をゲットする女子はカルーアミルクとか可愛い飲み物飲んでるんですよ」
「あれが実は強い酒だろ?」
「そうですよ。トリさん、良くあんなん飲めますよね。」
「そーゆー子に限って、可愛いふりして実はザルなんだよね、家だと刺身つまみに芋焼酎とか呑んでるんだよきっと。」
「さっすが美濃さん!黒い人の中身を良く知ってる!」
「どういう意味かな?」


お酒が入った分、常より黒度が上昇した美濃さんに内心冷や汗をかいていたら丁度タイミング良く襖がカラリと開く。
たたた助かったぁ!と内心さっきのお兄さんに全力で感謝しながら、渡されるものを受け取って机に広げていく。
全て受け取りお礼を言っていると、隣の横澤さんに、おいあれ、と言われたのではい、と小皿を手渡した。
その後何事もなく厚揚げに箸を入れる横澤さんを尻目に冷酒を堪能していると、何故か視線を感じてふと目線を上げる。
すると、エメ編の先輩衆がこぞって目を丸くしていいて何事かと眉間に皺を寄せると、ぐびりと喉を鳴らせてビールを呑んでいた編集長がポツリと呟いた。


「お前ら夫婦か。」
「はぁ?なに言ってんだ政宗。」
「ほんとですよ編集長。あり得ないですよこんなのと夫婦とか。昭和じゃあるまいし、すぐ卓袱台返ししそうなちっちゃい男とは付き合えないですよ私」
「俺こそこんな爆笑しただけで肋骨折れそうな貧弱な女となんて添い遂げられねぇよ」


はっはっは!どんな冗談だよ笑える、と珍しく横澤さんと意見があって二人で爆笑していると、にしてもなぁ、と木佐さんが面白くなさそうに腕を組む。


「めっちゃ夫婦の呼吸だったぞ、なぁ、羽鳥。」
「阿吽の呼吸以上だな」
「そうそう、熟年夫婦みたいな。」
「あったとしても熟年離婚ですねー、退職金掻っ払って豪遊します。」
「お前最低だな。」
「妄想の話ですよ、ホントにちっちゃいなー」


妄想すら許してくれねぇのかよ、やだやだと冷酒を煽りながら言うと、ちっちゃいちっちゃい言うな!と空になったジョッキを押し付けられる。すみませーん、ビール追加5とレモンサワー1と冷酒くださーいと襖を開けて叫ぶとすぐそばにさっきのお兄さんが居た。この人専属で居て欲しいな。


「最近ホントに思うんだけどさぁ、夏目」
「はい?」


襖を閉じて、ビール組の空のジョッキを受け取ろうと木佐さんに向けて手を伸ばすと、汗をかいたジョッキを手渡されながら真面目な顔して問いかけられる。
なんだ?と思いながら端にジョッキを寄せていると、悪戯な顔をした編集長に続きを問われた。


「お前、中身最悪だけど、絶対彼氏居るだろ」
「そう!俺もそれ言おうと思ってた!」
「夏目さん、気が利くし、家で待って居て欲しいタイプですよね。」
「拒食症のクセに以外と食のレパートリー持ってるしな」
「何、羽鳥手料理食う仲?」
「吉川がその節で世話になって、急に豚の角煮が食いたいと言われたときの裾分だ。」
「あぁー、あれね。大先生様が料理漫画読み込みすぎて入稿出来るか危うかったときの。」
「圧力鍋、使いこなしてる21歳なんて初めて見た。」
「圧力鍋!?どどう使うの夏目さん」
「お前には無理だ小野寺」


何であんたに断定されなきゃなんないんだ!と怒る律先輩に編集長に1票と心の中で優しい先輩を裏切りながら、それにしても、と瞳を半眼にする。
美形だなんだ言われていても、やっぱり男は夢を見たいものらしい。


「うーわー、なにかと思えばセクハラですか?セクハラ対策委員会に訴えますよ。しかも拒食症じゃないし。食べないだけだし。」
「威張るな。人の事ちっちゃいって言うお前が一番ちっちゃいじゃねぇか」
「あ、そーゆー事普通に言っちゃう無神経な人が1番に訴えられるんですよ、気を付けないで下さいね横澤さん。」
「てめー喧嘩売ってんな、夏目」
「はいはい、横澤さん使って話そらそうって言ったってそうはいかないよ?」


お通しの枝豆を摘まみながらのらくらと誤魔化そうとしていたのに、美濃さんに尻尾を捕まれる。面倒くさいな、とサヤから枝豆を押し出して咀嚼すると、目をキラキラさせて待っている瞳とかち合った。


「そんなに気になります?律先輩。」
「どちらかと言えば物凄く。」
「俺も吉川にネタを提供できるしな、」
「羽鳥が食いつくなんて稀なんだぞ、早く言え!」
「木佐さんノリが中学生ですよー、」


期待の眼差しに仕方なく、そうだなぁ、と前置いて、枝豆を手にとる。続く言葉にシン、と一瞬だけ静まり返った空気に堪えきれずに思わず爆笑すると、きょとんとした目を向けられた。


「どんだけ必死こいて聞きたいんですか、居ませんよそんなの。このくそ忙しいのに出会いを求めるんだったら先に私は漫画に時間を割きたいですよ」
「マジかよ嘘だろ!?どんだけ男らしいのお前!」
「まぁそんなこったろうと思ったが。」


木佐さんの驚愕と横澤さんの言葉を最後に、はぁぁ、とつかれるため息とちょうど合わさってお待たせしましたーと襖が開く。
またもや受け取って、ジョッキを手渡すと、じゃあと今度は律先輩から切り出された。


「じゃあ、忘れられない人とか…初恋とかは!」
「……律先輩、天然だとは思ってましたけど、予想以上に可愛い人ですよね。」
「は?」
「やらんぞ、夏目」
「受けて立ちますよ編集長」
「なんの話してんだお前ら」


隣の横澤さんをスルーして同列奥の律先輩と編集長に目を向ける。
きょとん、としてこの状態を理解していないらしい律先輩にニヤリと悪戯に笑いかけると頬杖をついて口を開いた。


「私が話したらもれなく律先輩にも大暴露して貰いますけど良いんですね?」
「よし夏目言え、でかした。」
「お褒めにお預かり光栄しかり、編集長」
「いいぞー夏目ー!律っちゃんどんまーい!」
「えぇえ!?」


ようやく理解したらしい律先輩がアルコールによって朱色に変化させていた頬を赤へとかえる。
バターコーンを頬張りながらこれまたでばがめよろしく話を煽り立てた木佐先輩に、憐れ律先輩と心の中で合掌していたら、お前もハメた側の人間だからなとネギマを頬張るトリさんにたしなめられた。
うんうんと首を縦に振る美濃さんにも言いたい。傍観決め込んでたけどアンタ達も大概ハメた側だよね。


「ハイハイ、じゃあまずは夏目から。」
「えー、初恋…」
「忘れられない人でも良いけど」
「忘れられない人ってのは誤植がありますねー。女子は思い出に変えちゃうってゆー定石通りの私なので忘れられない人は居ないかなー」
「思い出って…」
「あ、男性にはそういう感覚がないんですよねー。女の人も一部いるかな?だけど私は元彼さんに貰った指輪とか普通に彼氏さんの前で付けれますよ?プレゼントされたのは私だし気に入ってるからって理由で」
「俺それ恋人にやられたらすっげぇヤだ。」
「右に同じく。」
「みたいですねー、だから小さい男は対象外です。」


どういう意味の小さいだ!と吠えた木佐さんに笑いながら、初恋ねぇ、ともう一度呟く。


「珍しく歯切れが悪いね、そんなに言いづらい?」
「いや、そんなことは無いんですけど、私の多分来月号の作品のネームで上がってきますよ?」
「えぇえ!?」


珍しく心配そうに美濃さんに問われたので訂正を加えていると、驚いたような声が上がったので、先日作家に聞いて聞かせたらネーム楽しみにしててくださいね。と素敵すぎる笑顔で告げられたことを言うと、残念そうな素振りを見せながらも、こりゃネームまで待ちだなと木佐さんにニヤリと笑われる。
普通の恋愛トークより質が悪いなと思いながら反撃を切り出した。


「木佐さんはいるんですか?そーゆー人」
「はぁ?俺?」
「木佐さんって以外と可愛い顔して持て余してる気がするんですよねー。意外と大人だし」
「意外は余計だ。って言われてもなー。俺恋愛沙汰では冷めてる方だと思ってたんだけどなー。年も年だし、修羅場も結構上手く切り抜けてきたし。」
「実はこーゆー純粋無垢な感じが遊んでるんだ。男の人こっわ!」
「魔性の女には言われたかねぇよ」
「で、忘れられない人は?」
「今付き合ってる奴かなぁ、色んな意味で俺の30年をぶち壊してくれた感じだし、今まで通りにはいかないかな。」
「それって初恋じゃないですか」
「ん、まぁそうなるかな…って!?」


やっと気づいたか、木佐さん。と冷酒を煽りながら口元を緩ませる。
周りを見渡せば各々つまみを手にして聞こえていないフリをしていたが、頭の中では完全にネームを組み立てている顔をしていた。流石伝説作りのエメ編と言うべきか。転がってきた餌は有効に使う手だてを良く知っている。


「ってめ!夏目!ハメやがったな!」
「はっはっは!ごちそうさまです!木佐先輩!おのろけありがとうございます!」
「恋愛に本気になれなかった青年が今までの恋愛観をぶち壊すような女の子に出会って惚れた腫れた…良いねすごく、」
「みみみ美濃!?それ絶対作家に売る気だろ」
「やだなぁ、そんな野暮なことしませんよ、大丈夫です。性別逆転して女の子の方が遊び人設定にしときますから。」
「なお質わりぃわ!」
「吉川にも言っとく。」
「羽鳥てめぇ裏切ったな!」


ぎゃんぎゃんと騒ぎだした対面側にしてやったり顔をしていると、ぽつりと律先輩が小さく呟いた。


「皆さん恋愛してるんですねぇ」
「俺らはドロドロだったけどな」
「誰が『ら』だ誰が!」
「律先輩にもいるんですか?忘れられない人」


なんとなしに、サラッと聞くと、一瞬言葉につまり、頬を赤く染めながら手にしていたジョッキをくるくると回し出す。
あぁいるんだろうなぁとその姿を微笑ましく見ていたら、その隣でずっと律先輩をからかっていた編集長がそれはそれは優しい顔をして律先輩を見ていて、少しだけからかいたくなった。


「編集長は居るんですか?」
「俺?居るよ。やっと念願叶った一生側に置きたいずっと忘れられなかったヤツ。」


緩やかに笑うその顔が本当に幸せそうで、その隣にいる先輩が物凄く居心地悪そうに、それでいて不器用に幸せを噛み締めているのを見て、これ以上の野次馬は本気で馬に蹴られるなと思い、視線を落としてつまみに箸を落とそうとする。
結局は当人達が幸せで居ることが一番なのだ。


「って、なんで私のモンをアンタがつまんでんだ」
「あ?お前が酒と口ばっか動かしてるからだろうが。」


ぶすっと機嫌が悪そうに私の冷奴を摘まんでいる姿と、その奥の二人の漂ってくる幸せオーラにピンときて、はっはーん、と口元を弧の字に緩ませる。


「なるほどねー、通りで静かなハズだよ、アンタが一番不幸せな寂しいオーラ出してるもんな。」
「どーゆー意味だよ!」
「失恋組の寂しいヤツだろ?ほれほれ聞いてやっから怒らない怒らない」
「っちが!お前が…」
「ハイハイ、分かってるから!」


なんでお前が上から目線なんだとギャイギャイと言い始めた横澤さんを今日は潰そうと勝手に決めて声高らかにお兄さんにビール追加で!と声を飛ばす。
で、誰に失恋したの?総務の柳田さん?え、違うの?誰よ。どーせ女々っちくまだ引きずってんだろだっせーと今度は茶化しながら横澤さんの話を聞いていたので私は知らない。


「横澤、幸せ掴めよ」


なんて編集長がジョッキの縁に口をつけながら小さく呟いていて笑っていたのを。


まだまだ夜は長いのだ。
たまには仕事を忘れて恋愛トークも良いのでは?



【後日】
(…夏目、これさ、見間違いじゃなきゃ俺らのエピソードの混合じゃね?ちゃらんぽらんは俺、この照れ笑いで素直に言葉に出来ないのは律っちゃん、この幼馴染みは…)
(トリさんが寝潰れたときにインタビューしたら赤裸々に答えてくれましたよ?)
(ちょ、これ、お前の話って言ってなかったっけ…?)
(やっだなー、木佐さんあの日先月号の入稿日だったんですよー。今号の打ち合わせなんてしてる訳無いじゃないですかー。)
(っっ!なつめー!ハメやがったなぁっ!?)



(初恋は、夢の淵で雫石のように輝いてるものでしょう?…なぁーんてね。)




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