ラムネ花火
じわじわと蒸し暑い夏の気配が迫ってきているある日の昼下がり。 高野は、その切れ長の瞳を胡乱気に細めながら、対面席に座している小野寺に向かって呆れたように声を出した。
「おまえさぁ、」 「………何か?」
声質が誉める類いのものでなく、貶す類いのものだと瞬時に理解した高野の想い人はたっぷりと時間を置いてから睨むように返答を促してくる。 形の良い柳眉を文句があるもんなら言ってみろと言いたげに寄せてスプーンを握るその姿は、どう見ても拗ねた子供のそれにしか見えないのだが、どうやら本人は無自覚らしい。 ほぅ、と1つ嘆息して、木目が良い味を出しているテーブルに頬杖をつく。 小野寺と同様に握っていたスプーンで、小野寺の目の前に置いてあるそれを指しながら高野は思っていた百万語を言葉へとかえた。
「天然氷のかき氷だっつってんのに抹茶金時でバニラアイス追加ってどんなだよ。お前さ、七光りだかなんだか知らねぇけど素材の味活かせないほど味覚オンチな訳?」 「な、ん、で、!かき氷1つで味覚オンチまで発展するんですかッ!?店員さんの話聞いてました!?抹茶は玉露の高級品使ってるって言ってんですよ!?しかもこれは一番のオススメです!」 「にしたって何でバニラアイスを追加する。氷に喧嘩売ってんのか?」 「アンタが、俺に、今、喧嘩売ってんでしょうが!」
何で好きなもの頼めって言った張本人にオーダーの文句を言われなきゃなんないんだとガツガツとかきこむ様にかき氷を食べ始めたその姿に分かってねぇのはお前の方だと鼻を鳴らす。 チリリンと風に遊ばれて涼やかに鳴る風鈴の音を聞きながら高野は、複雑な胸中になぞるようにしゃくりとスプーンをキメの細かい氷の中に落とし込んで、数刻前を振り返った。
久しぶり過ぎる休日だと言うのに、だるさを誘うような湿気の多すぎる妙な暑さに辟易して、扇風機の前から流し見していたテレビの特集に目処を付けるなり、同じく休日で暑さにだれていた隣人を半ば脅しながら、無理矢理引きずり出して車を走らせた。 そこまでは良かった筈だ。 車に乗り合わせた当初は、あまりに急すぎる連れ出しに喜ぶ所か、気分が乗らなそうに溜め息ばかりを溢していたが、時間が経つにつれだんだんと青みが増して行く景色に、助手席で萎えていた小野寺は、目を奪われ、瞳を輝かせていった。 目的地に着き、車から降りるなり背筋を思いきり伸ばして、新緑に囲まれたその涼しげで美味しそうな空気を胸一杯に吸い込み、ふと息をついた瞬間、ふわりと無意識に笑んだその表情に連れてきて良かったと思わずこちらまで口元が緩んでしまったくらいには俺の気分も確かに上昇していたのだ。 それから、ゆっくりと散策するかのように、他愛の無い話をしながらこのかき氷店まで歩んできたのだが…
そこからが大問題だ。
ふと思考の縁から高野が戻ると、そんな高野に対する鬱憤を晴らすかのようにかき込んでいた筈の小野寺が、この一瞬でその透き通るような透明の氷の氷質を味わうかのように頬を緩ませている。 …実に面白くない。 しゃらりと溶けかかって下の方は蒼い海のようになっている自身の分のかき氷を混ぜながら、高野は眉間に皺を寄せた。
「…?高野さん、食べないんですか?」
涼しくなりますよと小首を傾けて嬉しそうに笑うその姿に、自身の不機嫌指数が上がるのが分かる。 本日のそもそもの目的が、このかき氷で涼納を得ることなのだから俺のこの感情はちゃんちゃら可笑しい訳だが、コイツらが出てきてから目の前の小野寺の関心は9割方俺よりこの夏の先取りに持っていかれてしまっている。 小野寺の目の前に置かれた宇治抹茶金時バニラアイス乗せが来た瞬間の小野寺のあの満面の笑顔といったら… 思わず、んなもん頼むなと言ってしまうくらい俺の神経を逆撫でするようなものだったのだ。
「高野さん?溶けちゃいますよ?」
反応しない俺に心配するように眉を寄せながらも、それでもしゃくしゃくと止まる気配の無い右手のスプーンに思わず、手が伸びた。
「…あっま、」 「んなっ!?」
パクリ、と小野寺の口の中に消える筈だった抹茶味のそれを己の口内に溶かし込む。 途端に口の中に広がる抹茶とバニラアイスと金時の甘さに感想をそのまま言葉に乗せると、小野寺は驚いたように目を見開いた。
「よっく、こんなもん食えんな、口の中甘味しか感じねぇぞこれ。…くあー、甘すぎて頭に響く…。」 「ななな、じゃあなんで!?」 「ばぁか、さっきは食ってなかったんだから分かるわけねぇだろうが」
驚いた顔から瞬く間に顔を赤く染めた小野寺のその姿に悪戯に成功した子供のように満足気に微笑む。
「あーん。してくれるなんてな、ご馳走様」 「ば、馬鹿な事言ってないで早く自分の食べてくださいよ高野さん!」
慌てたように、また氷の結晶をかき込み始める小野寺の姿にニコリと笑うと、高野は頭上の風鈴を眺めながらポツリと呟く。
「…間接キス」 「っっっ!?」
驚いて咳き込む小野寺の姿に、俺に焼きもちなんて妬かせた罰だ、と高野は心の内で嘯きながら、やっと自分のかき氷に手をつけ始める。
ブルーハワイ色のそれは、喉に流れ込む瞬間、チリンと鳴る風鈴の音と共に、しゅわしゅわと弾ける甘いサイダーのように心を彩らせた。
(了)
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