霜霆の梦(序)
永遠を望まないのは、 今日の次にある明日を求めているから。
「明日には、会えますよね?」
穏やかに、夜露のようにしっとりと静に問われる声に、瞼を閉じる。 本当は不確かな未来を望むより、幻想とじゃれ合う方が何倍も楽で、現実のあの、手放したくなくて伸ばした掌と宙を切った指先に悔恨の念が心をがんじがらめにすることもない。 何より居心地の良い幸せがありふれる場所を…手放したくない。 何かを訴えかけてくる声に聞かないふりをして、瞳を開き、先をふと見据えると消えた筈の焦がれたその人が俺の瞳の奥の色を認めて嘲笑するように表情を崩した。 嘲笑いたいのだろうに、こちらからは泣き笑いにしか見えない表情をするその男は、堪えきれないかのように瞳を潤ませると、白磁のような面を濡らして、線の細い輪郭から涙をはらはらと声もなく落としていく。 不器用に泣くその姿を見ているだけと言うのがどうしても辛くて、雫を拭おうと腕を上げようとすると、俺への制止を含めながらも自身に言い聞かせるように首を横に振り、見ているこっちが泣きたくなるような華のある微笑を浮かべると、男は震える唇を動かした。
「 」
風が突然過ぎたようなザァァ、と言う音にかき消されて、声がこちらまで届かない。 あぁ、またか。そう思った直後に支えの糸を無くした操り人形のように、ぷっつりと目の前で細い肢体が崩れ落ちる。 ドクン、と心臓が厭な音を立てて心をかき乱す。走り出したいのに足が縫い止められたように地面から張り付いて動かない。 だから嫌なのだ。これ以上進むのも、この夢を見るのも、何もかもが。指先すら、声すら届かないその場所へ、駆け寄って抱き起こすことすら許されないのだから。 昏く濁っていく瞳の奥に真実を見せつけられて、そこから視線を逸らすように瞬く。 貴方が居ない未来を歩んで行くのは不本意だけれど、仕方無い。 震える足を後ろへと動かせば、張り付いた様な踵が動く事を識っていて、思わず顔がくしゃくしゃに歪む。
あぁ、明日にしか進めない。
その事実を認めた瞬間に、目頭が熱くなり、表面張力を保てなくなった雫が頬を滑る。 貴方を置いていく事実から逃げたいのに、梦は現実より残酷だ。 丸い輪郭を滑る冷たい涙に、想いの丈を連ねて、ぴくりとも動かない男を最期にもう一度見やると、絶世と謳われた百合が花開くような華やかな笑顔を浮かべ、ポツリと玉響の様な声で詞を紡いだ。
「また、明日伺いますわ」
何度同じゆめを見ようとも、貴方の居ない現実は寂しすぎるから。貴方に一目でもまみえられるの為らば心が抉れそうでも何度でも訪れよう。 それが例え、貴方の生の最期の瞬間だとしても。 踵を返して走り出した刹那、宥めるように鼓膜を揺らした声の主もその意味も。 私は今日も識らない。
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