身も心もズタズタで、
今にも壊れそうなクセに、
そんなもの構わないとでも言うように土砂降りの中、全身全霊で俺が好きだと咽び泣くコイツに、

…後一度だけ、


あの窓を叩き割らんばかりだった激しい雨足が、シトシトと優しいものに変わっている。
パタリ、と糸が切れた人形のように俺の腕の中で眠る律は、痛々しい程に目の縁を紅に染めて、それでも穏やかな顔をして眠っている。
無茶な抱き方をしたなと先の行為を思い出して嘆息した高野は、自身の腕を枕にして寄り添うように眠っている律のその頬をさらりと指先で撫でた。
触れ合った場所から、じんっと指先が熱くなったような気がして、高野は震える瞼を隠すように瞳を閉じた。


あぁ、やっぱりコイツしか居ないのだ、と心が満たされる感覚に実感する。


酷い事もしたし、それ以上に酷い事をされた。コイツの性格を熟知していてさえも、絶望して、もう良いじゃないかと掌を伸ばすのを止めて、待っていてくれた掌に預けた。
その結果がこれだ。
吹聴される噂にそ知らぬ顔をして、耳を塞ぎながら、それでも律がグロスで彩られた唇と戯れに愛を囁きあっている姿を想像する度、胸が潰れるような思いをしていた。
そんな自分も、壊れる寸前の愛の言葉を律ではないアイツに囁いていたのだけれど。

つらい恋愛は終りだ、優しい恋愛を知れ、政宗。と再三言い含めるように紡ぐ言葉が耳から離れない。忘れもしない、
それでも、俺は、


ピリリリ、と優しい時間を切り裂くように着信音が鳴る。
さっきから鳴りっぱなしだ。
俺のそれも、僅かな幸せの淵にいるコイツの物も。
催促するように鳴り続けるそれに手を伸ばして通話ボタンを押し、耳へと押し当てた。


「やっと、出やがって。何してる、政宗。」


それと同時に怒っているような呆れているような優しい声が鼓膜を流れ込んでくる。
あぁ、もう元には戻れない。
痛くて、つらくて、苦しくて、それでも優しく真綿でくるむようにゆっくりと時間をかけて愛を囁いていてくれたのに。
もう、友達にすら、戻れない。


「悪い、」
「あぁ、出たんなら良い、それより政宗、」
「もう、お前とは居られない、悪いが別れてくれ」
「…は?」


瞬間、胡乱気に半音下げられた言葉にチラリと隣で眠る律の剥き出しのままの首筋に視線を移す。
そこには誰に付けられたかも知りたくないような所有印の証が彩られており、その事実を把握した瞬間、猛烈に嫉妬して、書き換えるようにその上から鮮やかな紅い花を咲かせた。
きっと横澤相手だったら目の当たりにした瞬間醒めきってしまっているだろう。
揺るがないその差に、心も身体も、その吐く息すら俺のものにしたいと思う熱情は誰にも変えられない事を思い知らされる。
あのすがるように首に回された震える腕だけを抱き締めて、側に置きたい。
その意味を、

「…アイツか」


呆れたように溜め息をついた横澤は、それでも強い口調で言葉を続ける。


「電話で話すような内容じゃねぇだろ。直接言え、直接。」
「あぁ、それもそうだな。」
「…それでもな、政宗」


不意に落とされた言葉、それがどういった類いのものかは見当がついていた。


「俺はお前の隣に居るソイツを、絶対に認めない。お前は、俺のモンだ。」
「存在理由なんか要らねぇんだよ、横澤。」


お前に否定されようがなんだろうが俺はコイツをもう離すつもりはないと静かな声で断言した。
チッとひとつ舌打ちすると、横澤はいいか、良く聞けよと怒りを抑えきれないような声で唸るように紡ぐ。
律に対する憎悪に似た感情を。


「俺は絶対に、小野寺を許さない。一度は逃げ出した奴にやっと手に入れたお前をはいそうですかと俺が簡単に手放すとお前が思うのか?」
「思わねぇよ」
「だったら!」
「それでも、」


五月蝿かったのか、むずがる子供のように眉間にシワを寄せて、コロンとこちらに寝返りを打ってきた律がすっぽりと胸の内にはまって、思わず笑ってしまった。
言葉だけがその心の内を語るのではなく、存在が、雰囲気が、一つ一つの仕草がこんなにも心の内を雄弁に語っていてくれていたなんて、すれ違う前は気付けなかった。
紡がれる言葉と乞う様に固執した好ましいことを告げる言葉。
言葉に囚われすぎた俺が、この胸の内の優しい温もりを責めるいわれはない。


「つらい、痛い恋愛から逃げ出したのは俺の方だったんだよ、横澤」


きっと逃げ出したのは俺の方。
だからギリギリの所で、最後にもう一度だけコイツが繋いだ俺達の縁というものに俺は全てを賭けてやりたくなった。
最初で最後の恋、一生で一度の、恋情。
俺のそういった覚悟が伝わったのか一瞬、息を飲む気配が電話口から聞こえて、それでも、俺は認めない。と強い口調で断言されるのを最後に、通話が途切れた。プーッ、プーッ、という終話を知らせるその音に、胸の内にわだかまるものを全て吐き出すように深く、ゆっくりと息を吐き出す。
パクリとフリップを折り畳んでベッサイドに置いてあるデスク上に置くと、律を包み込むようにその腕を律の背に回した。
その柔らかな髪に顎先を埋めながら、頭から響くようにそっと囁く。

「何があっても、どんなことをしても、俺はもうお前を離す気はねぇから、」


ぴくりと一瞬跳ねた肩に気付かないフリをして、そっと瞳を閉じる。
これから起こるだろう波乱の幕開けに小野寺律と云う人間以外の


全部を棄てる覚悟を決めた。






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