今日も、今日とて慌ただしいエメラルド編集部。
只今修羅場のピークであり、20日大根の周期で言う、17日目。
熟成に熟成を重ねたその仕事場は、空気が恐ろしいほど澱んでおり、でろーんと言う効果音が一番正しい響きである。
そんな中、その空気を蹴散らすかのように、どかーん!という盛大な音が一番似合うけたたましさを伴って、乱入してきた強者がいた。


「ってめー!もやし!ちゃんと人間の生活しろって毎度毎度言ってんのに、聞いてんのか!?」
「うるっせぇんだよ馬鹿グマ!見てわかんねぇのかよ、今、すんっげ忙しいんだよ!健康健康って健康オタクか!?死ななきゃ問題ねぇだろ!ほっとけばかちん!」
「周期明けた瞬間、毎月毎月川渡りそうになってる奴が威張るな!先月もエレベーターでぶっ倒れただろ!それから他部署の上司に馬鹿グマとはなんだ!ちゃんと敬語を使え!」
「ぐちぐちぐちぐち五月蝿いんだよ!小姑か!人の事取っ捕まえといてモヤシモヤシ言うやつに敬語だなんだ言われたくねーんだよこのやろう!しかもなんでスッ倒れたのをアンタが知ってんだ!詳しすぎる!キモっ!」
「会社中の有名な話だっ!しかもその場に居たんだよ!毎度毎度助けてやってる人間に言う台詞か!?」
「誰も頼んでなんかねーです。恩着せがましいっすね。モテないッスよ。」


ぎゃーぎゃーと両者共に一歩も譲らない舌戦に、絶賛死にかけであった小野寺と木佐は、横澤さん頑張れー。とガサガサ写植を貼りながら真剣にそう思っていた。
この時期必ずと言って良いほど、行われる恒例行事。しかし、これが無ければ彼女は確実に病院送りになるだろう。
何故なら…。


「メシは3食必ず食え!どんどんどんどん薄っぺらくなりやがって!この間大量に渡した修羅場用食料はどうした!?」
「あれボロボロして、何時なんどき書類やら原稿やらが汚れてもおかしくなさすぎて怖い!だから家で食べてます!ごちそうさまです!」
「バカ野郎!夕飯くらい温かいもん食え!メシ食う時間くらい確保しろ!」
「時間が勿体無い!」
「お前二次元の住人になるぞ!」
「イケメンにときめいてる主人公をすぐ側で見られるならそれで全然構わない!てゆかそれすげぇ俺得!」
「黙れモヤシ!強制的に入眠させるぞ!」


不穏に拳を握りしめた横澤を尻目に、元気に叫んでいる彼女は修羅場中、不眠不休のほぼ絶食状態でその環境を切り抜けようとするあり得ない人間だからだ。
やりきった瞬間突然倒れる、寝るは当たり前で、しかも薄すぎて音もなくパタンと倒れるので誰も気づけずタチが悪すぎるのだ。
それをいくら誰がたしなめようとも一向に聞く気配が無いのでエメラルド編集部全員の一番の頭痛の種なのである。


「っしゃあ!終わった!編集長!写植完了しました!」
「確認は!?」
「5回程、最終お願いします!」
「…よし、大丈夫だ。美濃、外回りがてらコレ大至急印刷所に!」
「解りました、行ってきます。」


バタバタと慌ただしく最後の原稿がこの瞬間出来上がった。
あれだけの言い合いをしながら手だけは休めることなく高速で動かしていた夏目は流石と言うべきか怪物と言うべきか。
高野編集長のデスクの前で美濃を送り、ほう、と一息吐いた彼女の腕を、休ませる事なくガシリと横澤が掴んだ。


「あれ、まだ構って欲しいんですか?横澤営業。」
「てめぇ、話聞いてなかったのかよ。んだよこの腕!」


まだ居たんだと驚いたような顔をした夏目に流石に青筋を立てながら、横澤は、自分の指が2周してしまいそうな程、ほっそりとした手首を掴んでそのまま上へと持ち上げる。
その勢いの良さからふわりと一瞬夏目が浮いたのを目の前で見ていた高野は眉尻をつり上げた。
横澤によって服の袖をまくられ、露になった夏目の腕は、元々白いかったものが尚蒼白く、史上最高の通常の3割増し細かった。


「あいあむ、ちゃんぴょーん」


その声で、全入稿が終了して、机に撃沈していた木佐と小野寺が生き返る。
嵐の前の静けさのように、腕を上げたままの夏目が言葉を発してからその場の時間が丸々3秒は止まった。


「んな細っちろいチャンピョンがあるかーっ!!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!トリガラァァァァ!?お願いだからなんか食べてぇぇぇ!」
「今回はヤバイとは思っていたが、ここまで自己管理できないやつだったとは…」


ガターン!と立ち上がって盛大に絶叫した木佐と、涙目になりながら、夏目の腕を形容し、懇願した小野寺、怒りを通り越して呆れ果てた高野と三者三様の反応が爆発する。
そして、一度、夏目を睨むと三人同時に受話器を取った。


「高野さん、俺寿司屋電話すっから」
「俺、ピザ屋。小野寺、俺ソバ食うから」
「俺は蕎麦屋ですね、わかりました。」


出前のカタログを片手に物凄い勢いで注文をしていく。
腕を下ろされて、その様子を物珍しそうに眺めていた夏目はぽつりと心の声を横澤に溢した。


「男の人って食欲すごいんですね。」
「全部てめぇの分も入ってるんだからなバカ野郎」
「うぇっ!?入るわけないじゃないですか!?私3日水だけしか飲んでないんですよ?ピザなんか入りませんよ。てゆか横澤さん、いい加減手離し、」
「ほう、3日か」
「げっ!?ととトリさん!?」


目の下に隈を作ったまま、腕を組み、横澤の後ろで般若のような顔をした羽鳥の顔を見て、流石の夏目も冷や汗をながした。


「作家を担当させてから6ヶ月、毎月毎月、4時間説教してるって言うのにまだ効いていないらしいな。」
「3日水だけなんて俺らの前でよくもいけしゃあしゃあと言えたもんだなお前。喧嘩売ってんだろ。」
「たまたまですって、学習はしてますよ、スッ倒れたのは鉄不足だと思うんで鉄は飲んでる…し?」


弁解するように横澤に言い訳をし出した夏目は、不穏なものを、羽鳥の後ろに、見た。


「へぇ、のんでるって何を?」
「さ、サプリメン、と?」
「ねぇ、夏目さん?それ、貧血じゃなくて栄養失調って言うんだよ?日本語わかる?」

にこにこと顔は笑っているのに言葉は極寒のように冷たい、美濃を。
ゴカン!と夏目の机に重箱と、お節のように積まれた弁当箱が置かれる。


「ちょうど良かったね、夏目さん。俺、原稿印刷所に持っていくがてら鰻屋さんに寄ってきたんだよ。勿論、食べるよね。」
「メシ、まだ食べてなかったよな?作ってきたから食え。」


ニコニコと笑いながらゴゴゴゴと地響きが聞こえて来そうなほどプレッシャーをかけてくる美濃と、完ッ全にぶちギレて笑顔100%の羽鳥を目の前に、流石の夏目も頬をひきつらせて、一歩後ろへと下がった。
一歩下がった直後、トンと何かにぶつかってそれ以上下がれないで居ると、ガシリと肩を掴まれる。


「逃げられると思うなよ」


ぎぎぎとオイルの足りないブリキのようにぎこちなく振り返るとこちらには真顔で笑顔の欠片もない高野編集長の姿。
流石に本気で不味いと、夏目は弁解を並べるために形の良い唇を開こうとした。


「そ、
『言い訳は聞かん』
「どんだけ息ピッタリ!?」


全員からピシャリと一刀両断されて思わず突っ込むと、入り口付近から毎度ありがとうございますと出前の到着を知らせる声。
はいはい、と嬉々として財布を持ち受け取りに向かう木佐と小野寺が夏目には悪魔にしか見えなかったとか。
無敵すぎる夏目が顔面蒼白になるという天変地異が起こりかけそうなこの事態が、実は彼女への最大限の労りなのだということを、夏目は知らない。




(うぇぇ、もう入らない…)
(フザケてんじゃねぇよモヤシ!米一粒しか食ってねぇじゃねぇか!)
(きもすい下さい。それでもう十分です、私帰ります)
(これ全部食べるまで帰すわけ無いじゃん)
(お金は心配しなくて良いよ、夏目さん、全部僕らの奢りだから。)
(いや、そうじゃなくて、ってトリさんその箸はなんスか)
(食え)
(イヤイヤイヤ、自分で食べれますって、ぎゃあ!ち、ちかい!)
(く、え!)
(わわわ分かってますって…!?むぐっ!?)
(押し込んだね、トリさん。)
(小野寺、コイツに茶。多分飲み込めねぇから流し込んでやれ)
(言われなくても分かってますよ!ほら、夏目さん、お茶。ゆっくり噛んで、ゆっくり飲んで、ちょっとずつ飲み込んでってくださいね。)
(まるで老人介助だな)
(んぐ…。あ、あり得ない…!部署内でレジャーシート敷いて皆でご飯食べてるのすら謎なのに、ピザに蕎麦にウナギに弁当に寿司って来てるのに皆完食できるレベルってなんだ!?胃袋ブラックホールか!?)
(お前の胃袋がミクロすぎるんだよ)
(うぇ、気持ち悪、)
(何を言おうと食べさせるからね、夏目さん。自業自得って知ってる?)
((やべぇ、完ッ全に臨界圏突破させちゃった!!!))
(デザートにケーキもあるからな、モヤシ)
(余計なことしくさりやがって!馬鹿グマ!)



何と言おうと完食させられたことは言うまでもない。

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