※特殊設定有りなマフィアパロ。
血が苦手な方、過激な表現が苦手な方はご注意下さい。




リボルバーを回し、トリガーを引く。
重低音と共に火を吹く愛銃に無機質な瞳を向けながら、木佐翔太は頬に飛んだ標的の返り血を掌の甲で拭った。
数分前には、無数の殺気と、息づく気配がこの廃屋を満たしていたが、今は木佐一人の息遣い以外は噎せ返るような血臭と硝煙の匂いだけが充満している。


「はっ、こんなもんかよ。」


血だまりの中に足を落として骸と化した肉の塊を足先で蹴る。
ごろりと転がり現れた生気の無いその死に顔が一瞬己の顔に見えて、一瞬息を飲んだ。
僅かに震えだした銃を持つ右手を左手で押さえて自身に触れられることを確認すると、ほっと肩の力を抜いた。
我知らず緊張していたことを悟ると、自嘲するように笑う。
生きるか死ぬかしか無いこの世界に身を投じてから、幾度も骸の前に立ち続け、銃弾を飛び交わせ相手より先にその命を狩り、太刀筋を見極めては先に鉛玉を急所に叩き込んできた。
それが今更、あんなに死線をくぐり抜け、スローモーションの様に相手が崩れ落ちる様を見届けては自身の心臓の音を聞きほくそ笑んでいたというのに、まさか畏怖の念を抱く日が来るだなんて。


「俺もとうとうヤキが回ってきたかな」


ガタガタと震えが止まらない右腕を左手で押さえながら、木佐は小さく嘆息すると、壁際へと歩き、その背を預けるとずずず、とそのまま座り込んだ。
追っては殺し、追われては殺しの何処までも続く連鎖の鎖は、アイツらと共に施設から出て来てからも続き、輪廻のように廻る因果にやっぱり逃れられないことを悟った。
それでも、この血に濡れた掌でも掴みたいと思うものがやはりあるのだ。
あの日誓った願いと、出会えたあの人達との約束だけは違えられないと耳奥で暗く反響する黒い意識に頭を振って、宙を仰ぐ。
黒く侵食された意識の中の自身が紡ぐ、楽に死ねると思うなよと嘲笑う声に飲み込まれないように。そして、意思と反してそれを甘受するように落ちる目蓋の裏に闇の中で誰にも看取られずに骸となっている自分自身を見ながら、それでも、この連鎖を止めるまでは、まだ。と全身全霊をかけて拒む。
こんな俺でも待っていてくれる人間が居ることを思い浮かべながら。


「木佐さん!?」


慌てたように俺の名を呼ぶ声に、一筋の光が差した気がして、一瞬にして暗い意識の内から浮上させられる。この死が満ちた場所へと一直線にバタバタと走ってくる長身を認めて、あの闇に溺れかけていた事に気づくとホッと息をついて、一度だけ瞑目した。
この世界に身を置くには眩しすぎるその姿に決して引きずられないように。


「おー、雪名、お疲れ。」
「お疲れじゃないですよ!先に勝手に行っちゃって一人で全部片付けちゃうし!ってあ゛ー!!頬怪我してるじゃないですか!」


駆け寄ってきて肩を怒らせて怒り出した雪名に努めて明るく言葉を返しながら、死に様を見続け、死神のように一瞬に命を狩っていた自身は果たして今きちんと笑えているだろうかと表情筋を動かしながら思う。
その思いが、解ってしまったのだろう雪名は、一瞬泣き出しそうに瞳を細めるも、迷うこと無く掌を差し出すと俺を立たせて、俺の頬へに掌を伸ばしてくる。


「ちょ!汚れるから!しかもこれ返り血だし!」
「良いですよそんなの!」


制止も聞かずに、良いから大人しくしててくださいとたしなめられて、こし、とゆっくり撫でるように親指の腹で血を拭われる。
斜目で認めた己の黒いスーツの袖の裾から覗くシャツの袖までも血で黒く染め上げている自分が、この、にこにこと明るい笑顔を絶やすこと無く俺に接してくれるコイツとは何処まで行っても添い遂げられない事を思い知る。
この優しく労るように触れてくる掌は、人を生かす掌だ。死の淵に限りなく近く、俺が澱んでも、必ず、いつだって光となって俺を救い出すそんな手を持つ雪名に、この場所は似合わない。


「ごめんな、」


ポツリと溢す言葉に、君とはもう居られない事をも乗せる。


「良いですよ、木佐さんが俺の所に必ず、帰ってきてくれるなら。」


ふわり、と微笑む闇に住む光の住人は、解っているのか、そ知らぬふりをしているのか、震えていた右の腕をゆっくりと擦って掌から銃を抜き取りながら、きちんと釘を刺してくる。
敵わねぇなぁと思わず笑うと、さぁ、帰りましょうかとゆったりと笑いかけられながら、血に濡れた掌を返り血を拭っていた掌で握り締められる。
まるで、何処まで行っても俺の一筋の光であろうとするその背に、もう一度心の中でごめん、と謝罪をしながら、踵を雪名に釣られるように前へと運んだ。


俺は、己の命を削ってまでも、この世界の崩壊と、大切な人を守ろうとして俺の手助けをしてくれている命の恩人をよく知っている。そして、アイツが踏ん張ってくれているからこそ俺はこの程度の侵食で済んでいるのも。
戦闘人形、キリングドールと呼ばれる俺の特化した身体能力と体に組み込まれた戦闘能力の対価は、精神の欠落。
人を殺める度に無くしていくそれは、痛覚の消失から始まり、心を一番蝕む。
痛覚を無くすことは即ち、人の死を表す。
限界を知らない痛みは自身を痛みつけ、最後には心までを無くして、本物の戦闘人形と化し、壊れるように死んでいくのだそうだ。
俺を担当した研究者は徹底した利己的主義だったから、説明は本物。きっと近い将来俺はこの暖かい掌があった存在すら忘れてゆくだろう。

それでも、盟約は心にきちんと刻んである。この命に引き換えてでも、俺の唯一の光を太陽の下に返すと。


「木佐さん、俺、どんな木佐さんになっても痛いって言って泣かして見せますから、見ててくださいね。」


真っ直ぐ前を向いたまま、振り返りもせずにそう宣言してきた雪名を見ながら、もう2週間も夢殿に潜ったままの後輩を思い出す。
一人でなんて死なせねぇよ、と笑って言った俺に、木佐さんには敵わないなぁと悲しそうな顔で笑んだあの顔後輩との、あの約束を心にもう一度刻みながら。


「泣かしてみろよ。そんときは痛くても笑ってやるから。」


前を歩く雪名が笑う気配を心地良いと思いながら、握りしめられた掌の指と指を絡ませてきゅ、と握り込む。
いつかは離す掌の温もりを忘れぬよう、今だけはと少しだけ甘えながら、俺は雪名と一緒に一日の始まりの光を見た。





(君を守る、その為に力を振るう)
(俺の願いはただ、貴方が、居たいと泣いてくれることだけ。)




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