※彼白衣 (医師高野と薬学生律パロ)



慌ただしく過ぎる日々に、ひっそりと落ち着くような非日常を探し歩いて、そうして辿り着いた先がその場所だった。
それが、2個下のコイツとの出会い。


大学6年の5月の中頃、医学生は実習だ、国試勉強だ、就活だ、卒論だ、症例報告書のレポートだと日付感覚すら危うくなる程の目まぐるしい日常を過ごす中、高野政宗は1人紫煙をくゆらせながら、葉が青々と萌えて居る木の幹に背を預けていた。

ついさっきまで、今はもう医師としてバリバリ実務をこなしている先輩の井坂龍一郎が突然、ゼミの教室に乱入して来たかと思いきや、お前らに国試の極意を教えてやる等と目的も言わずに同じゼミである横澤と共に連れ出され、井坂さんが持ってきた術中の映像を見ながら、怒濤のように術中レポートの書き出しをしていた。
詰め込めるだけ、詰め込んだ知識が実際見ながら書き出すことによってどの要所で用いられるものなのか、どう深めていかなければならないものなのかなど、確認できた面は良かったのだが、お前らのお陰で術式レポート完成できて良かったわと俺ら二人の走り書きを見てポツリとそう溢した所を見ると、どうやら無償の貢献ではなかったらしい。
次は小児の口蓋形成術だからなー、とDVDの入れ換えを始めた井坂さんに息抜きと言う名の戦線離脱を宣言して、逃げるなと息巻く横澤に一服したら直ぐ戻ると片手をあげて早30分。
アイツは外科志望だけど、最終的には多分小児科に行くんだろうなぁと井坂さんの無言の道標に予想を立てながら吐き出した紫煙を視線だけで追った。
その煙の先に青い空。
そしてその快晴についてきたようにふわりと優しく吹く風の音。
腕につけている時計が無ければ、瞬間的に時間感覚を失うだろう自身の学部棟から歩くこと数分で、こんなにも休まる場所があったなんて、6年間をいかに閉鎖的に過ごしてきたを改めて思い知る。
まぁ、6年のこんな時期に気づけたのだからまだ良しとしようと、携帯灰皿に吸い殻を押し込みながら、そろそろ戻るかと、重い腰を上げた。
日陰になっていた木の下から後ろ髪を引かれるように、太陽の光を浴びて青々と光る芝の上に足を踏み出すと、ひとつの声がした。


「あぁ、そうだよな、怖いよな、俺動物に嫌われるの良く知ってるから良く分かるんだよお前の気持ち」


捲し立てるような、けれど心配しているからこそそんな口調になっているのが良く分かる声がこの静かな場所に響き渡る。
ふと足を止めて振り返ると、少し離れた場所で、垣根に頭を突っ込んでいる後ろ姿が見えた。


「イッテ!…あぁ、頼むからそう威嚇しないでよ、俺は薬塗れれば後はなにもしないから」


本気で懇願する声と、それに反して本気で威嚇するグルグルといった高い声に、なんとなく放っておけない空気を感じて、足をそちらに向かって運ぶ。
白衣を着て、座り込んだ状態で頭と腕だけを垣根に突っ込んでいる一見異様な行動をしている背をトントン、と叩いた。


「どうしよう、嫌がってるけど放っておく訳にもいかないし…こうなったら木佐さん呼ぶか?」
「…どうかしたんですか?」
「うっえ!?」


ビクリと跳ねた背をきっかけに、ガサガサと頭と腕が垣根から出てくる。
突然呼び掛けられてよほど驚いたのか、ブラウンの髪をくしゃくしゃにして沢山の葉をつけたままの後頭部が姿を現す。
思わず吹き出しかけて、掌を口元に当てていると、その乱れた前髪の隙間からきょとりとした緑の瞳が俺を捉えて、安心したかのようにその目尻を下げた。


「良かったぁ。俺にはどうにも手に負えなくて、困っていたんです。」
「…あぁ。それで、どうかしました?」


穏やかそうにゆったりと紡がれる声に息をするのを一瞬忘れて、一拍置いてから、改めて問う。
すると、タイミングを見計らったかのようにニャァー、と言う幼い声が垣根の奥から聞こえてきた。


「…子猫?」
「はい、なんか怪我をしているみたいなんですよね。俺、薬学部で丁度実験終わったばかりだったので、軟膏を持ってるからつけてあげようと思ったんですけど…」


動物に嫌われる人種なので、この様です。と照れたように笑いながらパタパタと頭の葉っぱを払って肩をすくめる。
怪我と言うだけの勝手な判断で薬を塗るのはどうだろうと思わず眉を潜めると、それに気づいた目の前の男は困ったように眉を下げた。


「アロエを元にした炎症の鎮静作用が強い軟膏ってだけで、傷の大小には余り比重を置きません。マウスでも実験済みで、神戸教授にも成分分析して貰ったので信憑性は高いです。」


化膿しそうなくらい炎症が強いので気休め位にはしてあげたいなと、と緩く笑いながら軟膏の説明をする男の口からサラリと出てきた人物に驚いた。
この学校に通っている者で知らないものはいないだろう薬学部の神戸教授が成分分析をしたがる程に完成度の高い軟膏が出来上がっているのかと思うと、それだけで物凄く信頼できる薬なのだと知った。
それと同時に、その作り手にとても興味を持った。
この、ぽやぽやとして、隙だらけで、それでいて、柔らかな空気を纏った青年に。


「…どうかしました?そんなに信用なりませんか?」
「いや、大丈夫だ。何でもない。」


不安そうに首を傾けるその姿に掌を上げることで問題ないことを伝えると、ちょっと待ってろ、とガサガサと垣根を掻き分けて、小さな体を更に丸めている黒い塊をそっと掬い上げた。
怪我の場所を確認しながら、患部を見て、あの男が言っていたことに相違は無いと知る。
にゃー、と力無く鳴くその姿に、もう大丈夫だからという意味を込めて、小さい頭を優しく撫でると、瞬く間にゴロゴロと喉を鳴らして大人しくなった。
その小さく、暖かな温もりに、ふわりと口元だけで笑うと、垣根を掻き分けて、青年の隣に並んだ。


「ほら、連れてきたぞ、」


軟膏出せよ、俺が塗ってやるからと口を開くと、しげしげと足から顔へ順に見上げられる。
なんだ、と不思議に思いながら、猫の喉を擽っているとぽつりと心からの声が溢された。


「…俺も、垣根を歩ける足の長さだったらなぁ」
「…ぶ、」


心からの感嘆の声に思わず吹き出すと、口に出ていたとは思わなかったのだろう、きょとんと間の抜けた顔をされる。
コイツは俺の周りにはどう探しても居ない人種だなと思い、涙が出るほど笑いながら高野は口を開いた。


「いや、悪い。足の長さはこれからはどうにもならんが、俺への誉め言葉としてとっておく」
「へ?」


男が差し出していた軟膏を手にとって、未だぽかんと呆けた顔をしているそいつを尻目に子猫の手当てを始める。
やっと事態を把握したのか、いきなりバッと掌で口元を押さえたかと思うと、瞬く間に顔を真っ赤に染め上げたその姿に高野は思わず声をあげて笑った。


「お前、面白いな。よく言われねぇ?」
「面白いですか!?は、はじめて言われました」
「何で誰も気づかねぇんだよ、俺的にすげぇツボる。」


ククッと喉の奥で一度笑いの目処を着けようと子猫を撫でながら改めて男を見る。

ブラウンの髪に絡まって取れない葉っぱや
垣根に引っ掻けたのだろう頬の傷
そのくせ、スコンと何かが抜け落ちているような雰囲気と瞳に、
そんな姿からは想像出来ないような出来の掌上の軟膏。
何もかもが興味をそそる。
6年のこんな時に、とついさっき思ったことを反復しながら、面白いと言われた事に本気で悩み始めたソイツに向かって口を開く。


「この猫の傷、治るまで一緒に手当てしないか?」
「えぇ、でも、」
「愛着持てればそんなに邪険にはされないだろうよ、コイツまだ子猫だし。」


俺嫌われてるからなぁ、と寂しそうに笑うそいつに心配ないと言いながら、子猫を抱き直す。
小さい手足をうごうごとさせているその姿に口元を緩ませて笑っている男の顔をみながら、高野はこの出会いを作ったきっかけに名を付けた。


「ソラ太」


晴天のこの空の下で出会えた運命の名前を、まだ高野は知らない。



(ソラ太、)
(ヴヴヴヴ…)
(それ最早猫の鳴き声じゃないよね!?)
(ハハハ、どんだけ嫌われてんだよお前)
(ゴロゴロゴロゴロ)
(くっ、愛着持てだなんて言われて早2年…!在学してる俺よりも大学自体に居ない高野さんにこんなになついてるのに比しての俺!騙しましたね!?高野さん!)
(さぁな、)


(猫も嫉妬をすんだよ、と言ったらコイツはまた顔を真っ赤にするんだろうか)




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