※高野さん→研修医 律→薬学生設定です。パロが苦手な方、趣味でない方はお気をつけ下さい。



携帯のコール音が相手を呼び出し続けている。
いつまでも途切れる事が無さそうなそのコール音に携帯の充電が切れてないだけまだマシかと思いながら、電源ボタンを押し、パクリと携帯のフリップを折り畳むと、通い慣れた母校の敷地に足を踏み入れる。


「あ、高野さん!神戸教授が首をながーっくして待ってましたよ〜」
「あのタヌキジジイ、この間学会手伝ったばっかりだろ。学生使えって言っとけ。」
「あれ?今日は特別講義の講師じゃないんですか?」
「今日は私用だ。励めよ、学生。」


う゛ぇー!?んじゃ今日の講師だれだよマジやる気でねー!?と言う後輩の雄叫びを聞きながらスタスタと目的地へと足を運ぶ。
俺の通っていた医学部とは違い、そこは本館からも、正門からも少し離れた坂の上に位置している。
緩やかな勾配にゆっくりと足を運びながら、ジーンズのポケットに手を入れた。
太陽を並木道の木がちょうど良い具合に木漏れ日へと変えていて、坂の上からは青い風が凪いでくる。
慌ただしく、忙しない医学部の構内とは違い、時間が緩やかに過ぎていく様に感じるこの場所が学生時代からわりと好きだったりする。
そんな事を思いながら坂を上りきると新築された学部棟と古びた板が視界に入り、薬学部と墨で名打ちされている掠れた達筆が出迎えてくれた。
相変わらず同じ敷地にあるとは思えないなと思いながら、自動ドアの前に立ち、音もなく開いたその構内へ足を踏み入れると、静かなその場所は学部らしい薬の匂いが満ちていた。
ガヤガヤしているうちの学部とは天と地の差だなと毎度の事ながら感心していると、視界の端で白衣が翻るのを見た。


「あっれ?高野さん?」


呼び掛けられた声に向き直れば学会で良く顔を会わせる薬学生、木佐で、簡単に言ってしまえばアイツと同じ教授のお気に入りだ。
片手をあげて挨拶をすると、山のように抱えた紙を持ちながら愛想良くこちらへと足を向けてきた。


「今日も、特別講義の講師ですか?」
「お前らどれだけ俺に講師させたがるんだよ。まだ俺研修医でやっとインターン開けるくらいなんだけど。」
「経験なんて関係ないっすよ。学生にとっちゃ。術式目の前でいつも見て講義してる訳じゃ無いし、座学頭に叩き込めって言われても唯我独尊の教授の説明じゃレポートにハンバーグのレシピも書きたくなりますって。」
「…評価は?」
「モチロン、Aですよ。ちなみに俺は同じ教授の別の課題でカレーライスのレシピにしましたけど」


頭が痛くなりそうな会話に思わず額に手を当てて嘆息すると、カラカラと笑われた。
笑い事じゃねぇよ、と睨みを利かせると、木佐は肩をすくませて山を抱え直した。


「そーゆー教授がいるから、学部長は何かと高野さんを呼ぶんですよ。高野さんの講義人気高いんですよ?出席率も良いし、その内教務から正式にオファーが来たりして、」
「あのタヌキジジイならやりかねないからやめてくれ。実現しそうで予測も立てたくねぇ。」


何より俺は教授職より現場の方が性にあってる。と言うと、木佐は、確かに高野さんは現場の激戦区バリバリ型ですもんねぇ、なにしろ期待の星ですからと言って大きな瞳をいたずらに細めた。


「勝手に言わしときゃ良いんだよ、患者診て最善尽くしゃ医者で居続けられる。」
「くぁー!まぁたカッコいいこと言うなぁ、で、今日は何しに?」
「あぁ、タヌキの双子の弟からお前らへの贈り物を頼まれに」
「げぇー、またかよー!今、今、この間頼まれた実験が終わったばっかなのに!」


いじられた仕返しとばかりにピラリと伝達を頼まれた書面を木佐の眼下に置く。
楽しそうに細められていた瞳を本気でイヤそうに歪めて叫び出した木佐にそう言えばと声をかけた。


「小野寺は?」
「あぁ、律っちゃんなら奥の個人用のラボにいますよ。これから卒論書くって言ってました。」
「卒論?まだ5月だぞ?」
「あいつのテーマ抗生剤投与をいかに他の薬で代用するかの研究と考察で、あと、発想が面白いってんで、教授にまで目つけられて新薬の開発のチームの助手になるのが決まってて…」
「…7年生やるつもりか?」
「…俺も巻き込まれたんですよ、教授俺らを万年学生に仕立てあげたいんですよ。」


はぁぁ、とこの世の終わりの様な溜め息を吐いた木佐は、とりあえず、俺はこの実験結果パソコンに打ち込んで、クソタヌキにデータ送信してきます。んで、書面の説明と俺らを殺す気かって本気で電話してきます。と目を据わらせながら言った。
膨大な結果の上に重ねるように預かっていた封筒を置くと、挨拶もそうそうに肩を怒らせ、バッサバッサ、ズンズンと音を立てながら木佐は個室に消えていった。
バタン!と静かな構内にけたたましく鳴った扉の音に本気で無茶振りをされたのだと察して、これを期に一発思いっきり言ってやれと心の内で木佐を応援した。
俺も大分振り回されている感はあったが、研究職となるとそれがもっと酷くなるらしい。
改めて溜め息を着いて、先程言われていた小野寺のラボへの扉へと腕を伸ばす。
研究が終わったと言っていたから、衛生には気を使わなくて良いだろうと思いながら扉を開けると、陽の光が部屋中を明るく照らしていて、びっちりと積み上げられた実験結果が換気のためか開け放たれた窓から入る風に遊ばれている。
慌ただしいだろうに、少しホッとするようなそんな室内の空気に、これが部屋の住人によるものなのか学部特有の物なのか思案していると奥からバサバサと雪崩れる音が聞こえた。


「小野寺?」


不信に思って、呼び掛けながら室内に入っていく。
いつもの、ノックくらいして入ってきたらどうですかという刺々しい声すら飛んでこないから、もしやと思っていたが、
いつもの机で、いつものように膨大な資料に囲まれながら、椅子の背もたれに背を丸めて斜めに凭れ、体育座りの体制のまま、小野寺は窮屈そうに眠っていた。
もう一度呼び掛けようとしていた口を止めるように掌を当てながら、なんつうカッコで寝てんだと呆れた。
実験が終わったばかりだと言っていた木佐の言う通り、白衣を着たままで、一息つこうとしたのだろう机の上にはまだ淡く湯気の立ち上るカップが置かれたままだ。


「ったく、どんな寝方してんだ。」


意識無くすなら机に伏した方が楽だろうにと思いながら、くしゃりとブラウンの柔らかい髪を撫でる。
ここに来るのも何ヶ月ぶりだろう。
暫く忙しくて、毎日のように構い倒していたのがパタリと通えなくなった。
迷惑そうに眉を潜めながら、けれど決して追い出しはしない想い人をからかっては、愛を囁いた。
素直ではないからどこまで受け止めていたか分からないけれども。
ふと、視線を下にやると流し見していたのだろう椅子下に英語で羅列されている論文が落ちていて、これが落下音の原因かと状態は把握した。
一瞬視界に入った文面の、捉えた内容を日本語に脳内変換して、意味を理解するとやはり研究職だけあってついていけない部分が多く、思わず眉間にシワがよった。


「…ん、」
「ふざけんな、こんなとこで寝返りうつなよアホ。」


寝苦しいのか突然体制を変えようとして椅子から転げ落ちそうになるのを支えようとしたその時、


「…野、…さ、」


寝息に微かに溢された囁きにピタリと手が止まる。
驚きで呼吸すら止めた一瞬、偶然にも重なった暖かい掌と、その瞬間に嬉しそうに緩んだ小野寺の表情を見た瞬間、とまらなくなった。
その衝動のまま、俺は左手を肘置きに置いて、無防備な唇をさらった。
近づいた事によって、ふわりと香った小野寺の白衣からは俺愛用の煙草の匂いと微かに柔軟剤の匂いがした。
卒業の時に押し付けた使わなくなった白衣をまさか持っているとは、予想外だ。
だから袖が余って捲っていたのかと袖口を思い出しながら、薄目を開ける。
ふるり、と苦しさからか、小野寺の瞼が小さく震える。
忙しくて、中々構ってやれなくてこぎ着けるように伝書鳩紛いな事をしたが、報酬は随分と良くついたらしい。
ふ、とブレる瞳の奥の焦点を合わせるように、瞬きを繰り返す小野寺を夢から醒ますように、ゆっくりと唇を解放すると、いたずらが成功した子供のようにニヤリと笑いかけた。


「おはよう、眠り姫。」


声にならない絶叫と共に、小野寺が椅子から転げ落ちるまで、後一秒。

(いった!は!?え、なんで!?)
(おはよう、律。俺の白衣使ってるなんて愛されてるな、俺)
(はぁ!?…ッ!?こ、これはさっき俺のスペアの白衣にも薬品ぶちまけたから代理で!)
(顔真っ赤で言われてもなぁ、)
(〜っっっ!?それはアンタが!)
(俺が?)
((なんっなんだ、今日は、最強過ぎて全く勝てる気がしない…!!))
(俺が好きだっていえよ、)
(言わないですから!今日はほんっきで帰ってください頼みますから!!)




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