※先生律×生徒高野
(性格は嵯峨時代)

危険な香りを察したお嬢様は逃げてー!





「ねぇ、先生」



放課後。
校庭からクラブ活動に励む活発な声が反響する夕闇に染まりゆく教室内で、意図せず一番会話を重ねてはいけない人と二人きりの空間が出来上がってしまった。

踏み込んではいけない

そう理性が警鐘を鳴らし、緊迫感から体が縛られたように動かず声が震える。
机2個分、丁度何時もの教室での距離感と同じくらいの距離。
そんな俺の姿をまるで観察するかの様に涼やかな瞳が射ぬき、すうっと細められるとどくりと心拍数が跳ね上がった。
確信に、心の内を触れられてしまうような空気に固唾を飲んだ。


「どこから踏み込んじゃいけない訳」
「どこって…」
「凡てなんてありふれた言葉で纏めてくれるなよ?せんせい?」


そもそも担任なんだから関わるななんて言えねぇよななんて喉でクスクスと笑いながら、机に指先を付ける姿はともすればからかっているようにも見えてむしろそうであってほしいとすら思う。
夕焼けに染められた教室のコントラストが危うい空気に拍車をかけるようで、早くこの場から立ち去らなければと逸る心がやっと体を、木造の床に張り付くようにしていた踵をその場から引き剥がす。…どくりどくりと早鐘を打つ心臓が五月蝿い。


「強いて言えばプライベートかな。君のそれは範疇を越えるよ。」
「…知ってる?先生。他人に興味の無い人種が喉から手が出そうな位欲しい人種が現れた時の衝動と激情がどれ程のものか」


苦しいくらいに鼓動を打つそれを落ち着かせる為に、軽く息をつく。そして、ゆっくりと幼い子供に言い聞かせるように穏やかに拒絶の言葉を紡いで、話は終わりだとばかりに足を扉へと一歩踏み出した。
すると、それを聞いた、少年と青年の変域に居る俺の生徒は、その拒絶を初めから解っていたかのようにネクタイの上から胸に手を当てると、傷ついた眼差しの奥深くに陽炎のようにゆらめく炎を閃かせた。


「…っ、知らねぇよな、無差別に優しく、他人の心の内にズカズカと入り込んで勝手に癒して勝手に居座って、かと思えば掌返した様に簡単にオトナの顔して先生に戻って日常通りかよ…たまんねぇよ」
「えっ?…ちょ、嵯峨く、…!!」


唸るように、掠れる声を感情のままに吐き出しながら、あの人の面影を色濃くもつ生徒は、ガタガタと机2個分あった距離を簡単に乗り越えて、机に足をかけ、退室しようとしていた俺の襟元を掴むと、ぐっとその整った顔立ちを覗かせるように引き寄せてきた。


―触れてはいけない、
俺はただ、今にも擦りきれそうなその心を守りたいだけ―


頭が痛くなるほどの困惑と苦しいくらいの鼓動が思考を滅茶苦茶に掻き乱す。
ほだされそうになるのも、傍に居たいと音に落としそうになるのも、ただの私情で、それは俺の範疇を越える。
そうでなくとも、こんな自分勝手すぎる最期の我が儘を受け入れてくれた優しすぎるこの人に、また愛されたいなんて都合が良すぎて口にするのも甚だしい。


「逃がさねぇよ」


そのオトナのツラ、引き剥がしてやる。
自嘲するように思い出を回想していた一瞬のその隙に、それを別の意味と捉えたらしい目の前の少年は、舌打ちの後物騒な言葉と共に、身の内の激情を叩きつけるような勢いをもって噛みつくように唇を重ねてきた。
驚きに瞳を見開いた刹那、寂しげに揺れた瞳の色が今はもう会えない想い人を彷彿とさせる。

二度と不幸にはしないから。


最期に見た、寂しそうな横顔と優しく前髪を撫でるあの冷たい手を思い出して、目頭が熱くなるのを感じながら、現実の息苦しさに悲鳴を上げる肺に気付かぬふりをして、滲む視界に言葉に出来ない想いを紡いだ。




(ねぇ、先生。思い出に変えられないアイツの面影が先生の表情で本物に摩り替えてしまう俺は本当にアイツが好きだったのかな)

(嵯峨政宗、俺の初恋の人。俺を人生で最愛の人物だと豪語した人、そして…俺が人生で最も傷つけた人)




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