薬学部パロでハロウィン。


【テンダーフレーバー】


あああもう、忙しいったらありゃしない。借りれるものなら猫の手も借りたい。パソコンをタイプする音が猛烈に早いのも、対面席で黒髪を揺らしながら猛スピードで資料を捲っている木佐さんと、同じグループでこの資料のためにコピー機をガンガン稼働させてくれている美濃さんの足を引っ張らないようにするためである。

なんっだってグループ学習が3つも重なるんだこんちくしょうめ!と思わず叫びたくなってしまう程の課題の内容は、オーダーに沿った薬の処方の仕方から、その患者との話し方、対応の仕方、薬の配合から見られる副作用と、錠剤の作成まで選り取りみどりふかみどりずらない。目白押しすぎて目が回る。
しかも、グループ学習となれば個人差が当然出てくる訳で、それが大きく乖離するようなグループに分けられた場合、大体は出来の良い奴や、話のまとめ方が上手い人間が引っ張っていくしかない。
まぁ、その典型の後者を有り難みもなく引き抜いてしまったのだけれど。


「マジでふざけんなよもぉお!これじゃ資料足んないから調べといてねって言った意味無いじゃん!二行ってなんだよ!?調べたって言わねぇよ!」
「いっちょ、シメにいくか。」
「待って待って、もうちょっとで終わるじゃないですか!物騒反対!」
「だって律っちゃん!ぜってぇぇおわんねぇから!これどうせパワーポイント作成も俺らでしょ!?死ぬわ確実!」


発狂寸前の木佐さんを尻目に、俺、これで追加資料提出とか言われたら自主休講するから。と笑顔で華麗に放った美濃さんに、ふざけんな、来なかったら先生に美濃くん明日は風邪引く予定だからって昨日言ってたんで今日はズル休みです。って先生に暴露するから。と言うと、証人その2もここにいまーす。と木佐さんがヒラヒラと賛同の手を振った。


「何お前ら、どんだけ切迫つまってるわけ?」


そこに居るのが当たり前かのように発せられた、呆れたような低い声の招かざる声の主に、視線すら向けずに邪魔だから帰ってください。とパソコンの画面を睨み付けながら言い捨てる。
歩みを進めてくる気配に全力で叫んでやりたい気分だ。
今あんたに構ってる気力も体力も無いんだ今すぐ散ってくれ!


「荒れてんなぁ…。律。」
「帰らないと本当にシメますよ?」
「お前さ、その声確実風邪だろ?」
「言わないで下さいよ!自覚すると動けなくなる!」


マスクの中で、掠れてくぐもった声で批難すると、昨日律っちゃん熱あるのに風呂入って案の定目回して気持ち悪くなって頭びしょびしょのまま1時間床から起きれなかったんだってー。とケラケラと笑いながらシャープペンを走らせている木佐さんが何故か高野さんに暴露する。
余計な事を…!と思っていると完全にバカにしたような口調の言葉が頭上から降ってきた。


「バカだろ?」
「知ってますよ!だけど入りたいもんには入りたかったんです!」
「熱は?」
「…微熱継続中。今めっちゃ暑いです。移りますからそれ以上近寄らないで下さいね。」
「飯は?」
「忙しくて摂ってられないし、食欲無いので。だけど水分はちゃんと摂ってるんで大丈夫です。」
「薬は?」
「飲みました。」


問診かよと内心思いながらタイピングをする手を緩めずにいると、溜め息をつかれる気配がする。
ね?医者の不養生より達悪くない?高野さん。となぜか今日に限って高野さんの援護射撃をする木佐さんと美濃さんを丸ごと無視して、残りの文字を埋めていく。
ここまで来たらもう自棄だ。これが終わるまでは休めない。
ぼやぼやと熱に浮かされそうな頭を叩き起こして資料の文字を指で辿ろうとすると、その指を鷲掴まれた。


「あっつ、お前これ微熱じゃないだろ。」
「気が利くなら冷えピタ下さいよ…って!?」
「うるせぇよ、それ以上喋るな。喉が痛々しいんだよ。」


マスクを思いっきりひっぺがされたかと思えば、批難の言葉を紡ごうと開いた口にコロリ、と飴玉が転がり落ちてくる。
すると、途端に花梨の味がじわりと舌の上を撫で、ゆるりと喉の痛みを緩和させるかのように広がっていく。
無意識にカラリ、と飴玉を右頬へ移動させていると、冷たい掌が首元に当てられた。


「喉風邪だな。咽頭と扁桃腺視診してねぇからわかんねぇけど、多分相当腫れてんな。まだ熱上がるぞ。」
「…だから勝手に診察すんな。お節介なお医者ですね。病人確定されたらその時点でもう動きたく無くなるでしょうが!」
「ったく、この強情っぱりめ。」
「っいった!?」


鼻頭を指先で弾かれて、洟をかみすぎて荒れた鼻先がじんじんと痛む。
思わず涙目になって睨み上げると、不遜な態度で腕組みをしながら医者の顔をした高野さんにびしりと真剣に言い含められる。


「今日だけだからな。食えなくても良いからちゃんと水分は取ること。その課題が終わったら即帰る。即寝る。電車の中でうたた寝して寝汗びっしょりかいて2駅分降りはぐったなんて言ったら俺の家に拉致るからな。寝そうならメールしろ。で、寝過ごしても電話しろ。部屋温かくして、栄養つくもん作って、お前迎えにいくから。」


飲み物が大量に入ったコンビニ袋をがさりと机の上に置かれて、分かったな。と再三言い含められる。
立て続けの言葉と、本職の顔をした高野さんに知らずの内に気圧されて、考えるより先に首をこっくりと縦に振ると、それを見た高野さんはよし、と納得したかのように頷き、スタスタと研究室を出ていった。
その一連の行動をポカンと呆けたまま見て、その為だけに来たのかよ。随分と暇なんだなぁ、と広い背中が研究室から消えていく姿に呆れながら、口に押し込まれた飴をカラコロと音を立てて転がす。
すると、間髪入れずに木佐さんと美濃さんが呆れたように溜め息をついた。


「ったくさぁ、あの人ナニモノ。さっき雪名からメール来てたけど高野さんの午前診終わったのさっきらしいよ。休憩時間全部使ってまでここまで来るとかどんだけ。」
「午後診今からでしょ?午前を聞いた限りでは明らか時間内に終わらないでしょ午後診。でも、あの口調からして絶対定時で終わらせるよあの人。」


で、あの高級車をロータリーに乗り付けて迎えに来るんだよ絶対。と確信にも似た予想立てをしている二人を尻目に、あぁ、そっか、今日はハロウィンかと、ビニール袋から覗くカボチャお化けがプリントされたかぼちゃプリンを覗き見ながら、律は一人的外れな所に想いを馳せていた。
しげしげとプリンを一頻り眺めた後、調子を取り戻したかのように軽快にタイピングを始める律を見ながら、てゆか熱出てて思考能力低下してるからかもしれないけど、心配されることと介抱されることを当たり前に受容しちゃってる所がもう完全に弱ってる証拠だよねぇ、と参考書を捲り、頬杖をつきながら紡ぐ木佐さんの言葉に、美濃さんが頑張りすぎって良くないんだけどね。ストッパー役が居てくれて良かったね小野寺くん。とからかう様に笑いながら紡いだ言葉への返答はなく、顔を見合わせた二人はやれやれと苦笑した。


「やる気スイッチが入ったみたいだね」
「だね、さぁて、俺もパッパと片付けるかな。」


腕を伸ばして心機一転、シャープペンを握り直した木佐の正面で、律はカラリと飴を舐めながら真剣な瞳を資料へと滑らせた。
カラリと口の中で涼やかに鳴る飴の音と、ふわりと微かに鼻腔をくすぐる花梨の香りに労るような優しさを感じながら。









(終わったあぁ…!)
パタリ。
(ちょ!?律っちゃん!?可愛い音したけど確実に限界越えた音だよね!?)
(小野寺くんあっつ…!?救急車呼ぶ!?)
(必要ない。)
(あ、高野さん。)
(ったく、こんなこったろうと思ってたぜ、真面目すぎるのも困りもんだな)
(え、な、高野さんなんでもう此処にいんの?終業時間から一時間も経ってないよね?)
(終わらせてきた。診察長引いたから30分残業して、今日中に出さなきゃならない書類関係だけやって来たからちょっと遅くなったが)
((人間じゃねぇ…!この人…!))

(終わったか?これ持ち帰っても良い?)
(バッチリ大丈夫です。後のパワーポイントは俺らでやるんで。)
(小野寺くんには分析とかで苦労させましたしね。)
(悪いな、後頼む。お前らも風邪には気を付けろよ。終わったらすぐ帰れ。)
(はーい)
((お大事にー。))
(…さて、と。高野さんやっぱすげーなぁ、)
(ねぇー。まぁ、そんな高野さんにひけを取らないのが小野寺くんだけどね)
(確かになー。秀才ってあーゆーのを言うんだよなぁ。)
(あ、差し入れ発見。)
(どれどれ。)
ガサガサ。
―小野寺から伝言。
ハロウィン忘れちゃだめですよ!―
(何あの子。あんな状態でいつの間に高野さんパシらせてたの。)
(てゆかご丁寧にハロウィンバージョンのカップに入ってるよこのプリン。可愛いね。)
(ねぇ、奏くん、俺はこれをマメなだけって見せかけつつ、絶対これ倒れる事前提のお詫びだと分析したんだけど、どうよ?)
(右に同じく。)
(…。)
(…。)
((可愛い奴め。))





多大に遅ればせながら、日記を加筆修正です。
補足すると、木佐さんは就職浪人と言う名の学費貯金の為に2、3年社会人やってた設定で、美濃さんは2浪で律と同じ学年になったので年上な同じ学年設定です。
復活記念にフリー配布(11月30日まで)致しますのでご自由にお持ち帰り下さいませ(^^)




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