※特殊設定有りのマフィアパロ
血が苦手な方、過激な表現が苦手な方はご注意下さい。




カツカツと革靴を鳴らし、足早にその長い廊下を歩みながら、先程の羽鳥からの電話を思い出して思わず高野は舌打ちしたい思いに駆られる。
木佐の治療を終えた吉野が、半ば気を失うように眠りに入った事を報告するあの声に疲労の色が濃かったのはきっと、吉野が羽鳥の目の前で文字通りもんどりうちながら、木佐を救い出したからだろう。

…あれは何度見ても心臓に悪い光景だ。
思い出して、高野は苦虫を噛み潰したような顔をしながら瞳を伏せる。
戦闘人形と呼ばれる木佐のその強さと引き換えに人間としての彼らしさを失わせていく対価を緩やかなものに変える術は、吉野の万能薬主であるその身を持って治療を行う以外、他に無い。けれど、木佐の身体に遺伝的に組み込まれている伝令を無理矢理ねじ曲げて鎮静化をはかるそれは、先天的に特異能力を持つ吉野であっても、かなりのリスクを伴うのだ。
その証拠に、木佐の無くなりかけている痛覚や心を繋ぎ止めようと交換輸血並に木佐の血液と自身の血液を交換し鎮静、治療を行う吉野は、その使用した血液の分だけ、血を吐き、内腑を裂かれ、まるで禁忌を犯した罪の様に押し寄せてくる反動に、全身全霊をもって耐え続けている。
舌を噛みきって死んだ方がまだ辛くないと笑いながら吉野が首を竦めていた通りにならないように時に己の腕を噛ませ、何も出来ないと苦悩の表情でポツリと呟きながら、けれど静かに吉野が落ち着くまで根気よく待ち続ける羽鳥の精神の消耗は計り知れない。けれど、そんな羽鳥も、吉野が命絶え絶えで繋ぎ止めた木佐自身を血液を介して木佐へと戻した後、目を覚ました木佐が少しずつ木佐で無くなっていく姿を、何も言わずに微笑んで受け止める雪名を見ている方が心を抉られる。と悲痛な面持ちをして言う。

誰しもが限界を越えて泣き叫びたい境地に居るのにも関わらず、誰かを支え、僅かな幸せを探して笑う。
けれどそんなものは、ただのまやかしなのだと伏せた瞳を前へと見据えるものに変えた高野は思う。
それぞれが見てみぬフリをして居るが、全員が知っている。

あの3人が未来を歩むことを望まず、俺らだけを進ませて自らは過去と一緒に消え行こうとしているのを。

見て居るだけなど出来る筈もない俺が、そんなのは駄目だと幾ら言おうともアイツ等は全く聞く耳を持たない。自分が常人より特化した能力を持ち合わせた人ならざる人であるからなのか、奴らのスローガンは、施設に未だ残っている同胞達が、自分達と同じ道を辿らないようにする事。なのだ。

ふざけるなと言いたい。と言うかもう既に一人には耳にタコが出来るくらい言っているのだか、お前等は巻き込まれた側で、被害者で、大元の施設の研究所列びに研究文書、職員を闇の内に葬り、後に残ったお前らの後輩は俺のファミリーで引き取れば良い話なのだから、未来を歩む権利はあるのだ。と、男の癖に線の細い儚げな印象を持つアイツに再三言い含めても、気持ちは嬉しいが幸せの形が分からないからと訳の分からない鞭撻を述べて困ったように笑いやがる。
その癖、人には幸せになってくれだなんて真剣な顔をして言うものだから呆れ返る。
人の幸せは願うくせに自分の幸せは分からないと誤魔化す。
分からないんじゃない。実験用のモルモットの様にしか扱われなかった箱から、ボロ雑巾になったために追い出され、初めて下界に出て僅かながらの穏やかな時間に触れただけでそれを幸せと認識したアイツ等は知らなすぎるのだけなのだ。
だから教えてやらねばならないのだ。この広い世界にはもっと、心の機微に触れるものが沢山あると言うことを。

歩む足を速ませながら、出会ったばかりのアイツの姿を思い出す。
満身創痍の顔をして、何もかも諦めて、貴方のファミリーを全壊させて死ねと言われて来たけれど殺す意図が見つからないので出来たら殺して頂きたいと銃を突き付けられているにも関わらず、ものともせずに穏やかに笑ったあの顔を見て、陽の当たる場所で生かしてやりたいと思った事を。
その為だけに、今、駆けずり回って同盟を組み、盟約を重ね続けている。初めから、自分の幸せの為にこの膨大な組織を動かしている訳ではないのだ。
精神力を極限まですり減らして駆け引きを終えた後にこの廊下を渡るのは正直しんどいが、逸る心が足をあの部屋まで動かし続ける。
高野さんは行かなければいけない場所があるでしょう。と医務室に顔を出すことを伝えたら疲れた声のままやんわりと断りを入れつつ、優しく諭す羽鳥の声が、あの電話から鼓膜で反響し続けている。
全く、どいつもコイツも、と一番言ってやりたい人物に向かって言葉を心の内で呟きながら、やっと辿り着いた固く閉ざされた扉のドアノブを捻る。
ガチャリ、と重々しさを伴って開かれた其処は光に溢れており、その空間に溶け込むように中央には白磁の寝台が1つだけ置いてある。そこへ、光の波などものともせずにズカズカと足をその寝台へと向けた高野は、ネクタイにその長い指をかけると首元を寛げながら、ぼすりとその腰をふかふかの寝台へと沈ませた。


「オイ」


静かに眠るこの寝台の主を起こすかのように呼び掛けながら、その柔らかな髪をくしゃりと撫でる。
一瞬触れたその肌の暖かさに、我知らずほっとしながら、高野は起きている人間に言うそれと同じように言葉を重ねる。


「お前の"視た"通りに木佐は動いて、俺のファミリーの死傷者数は0。どんだけ雁首揃えて猛者引っ提げてったと思ってんだ、人件費はお前等で払えよ。使わなかった罰だ。で、俺の方は逆にあんなに反友好的だと逆に面白いくらいだったが、ちゃんと懐柔して奴の望む同盟を組んできた。決行は2日後。そうすればやっと終わる…っていい加減起きろ、ネボスケ。」


2週間も潜ってんじゃねぇよ、現実見ろ。現実逃避ヤローめ。と思ってもいない文句を並び立てる。
息もしていないかと思うくらい穏やかな顔をして誰よりも深い場所で眠っているコイツは、千里眼の持ち主であり、夢殿を渡っては先を視る。
ただ最近は、能力の拡大により、視る世界が膨大すぎるのか、夢と現の境界が混じり合い始めているのか、中々此方へ還ってこない事が多い。
起きろ、という思いを舌打ちに乗せて、少しだけ被さるように色素の薄いコイツの透き通るような白さの顔の横に掌を置いて、重心をその腕に傾けると、暖かい首筋に掌を置いた。


「帰ってこいよ、律。俺はここに居る」


全部約束通りだろう?
とさらりと指先でその細い輪郭を撫でながら問う。このまま光の境界を無くして、溶けて消えちまうんじゃないかなんてぞくりと背筋を走る嫌な予感と、不協和音を訴え始める心臓を宥めすかしながら。


―俺の言うことは凡て真実です。信じる、信じないは貴方に一存しますが、俺は貴方の為になることしか言いません。…そしてこれはお願いです。―

今も鮮やかに思い出せる音と表情を脳裏に浮かべては大丈夫だと自分に言い聞かせる。
多忙な貴方には難しいお願いかもしれませんね、と初めから諦めるように照れながら笑ったコイツの笑顔に絶対に約束は違えないと誓ったのだから。


「な、に泣きそ…な、…お」


してるんですか、と掠れた弱々しい声で答えられて、一拍遅れてから無意識につめていた息を肺が空になるまで吐き出す。
オイ、天下の高野様がこんな無体を晒すのは後にも先にもお前だけなんだぞと喉に力を入れながらそう思い、未だ目蓋を開かない至近距離に居る男に向かって、言葉を落とした。


「やっとお目覚めか?いばら姫。ほら、早く瞼上げろ。流石に使わないと網膜腐るぞ」


どんな廃用症状ですかと笑う律に、実際ベッドから起き上がれねぇ癖に良く言う、と憎まれ口を叩く。
起きれ、ま、…すよと危なげに上体をふらりと起こした上肢をぽすりと片腕で支えると、背骨が触れるその感触に頼むからと願ったこともない神にすがりたくなる。
そんなことなど微塵にも出さず、ほう、と息をついてようやっと目蓋を押し上げ、その奥の緑の瞳を瞬かせ始めた律に眉間を寄せると開口一番に叱り飛ばした。


「お前もう視るなって言っただろうが。次こそ呼んでやらねぇからな。」
「だいじょ、ぶです…も、」


俺の言葉に、まだとろんとした眼のまま答えようと口を開いていた律がけほけほと潤いが足りずに喉を押さえて細い体を跳ねさせる。2週間も呑気に寝てっからだと内心怒りながら、寝台横に常備してあったミネラルウォーターのペットボトルを引っ掴むとキャップを外して口に含み、目尻に涙を溜めて咳き込む律の唇をさらい、流し込む。
驚いたようにその大きな瞳を見開きながら、細い喉がこくりと飲み込んだことを伏し目から伺って思わず鼻を鳴らす。
あぁ、やっと起きた。


「ん、」
「…ったくマジで世話のかかる姫さんだこと、」


艶やかな唇から離れながら、本物のいばら姫は魔女の魔法で100年の眠りについて、そこから醒まさせた王子と起き抜けに4時間語ったらしいけど、お前にそんだけの力はやっぱりねぇんだよ。とお前が余り常人と変わらないことを仄めかしながら語る。
その意図が分かったのか眉尻を下げて困ったように笑いながら、律がやっと言葉を紡ぎ出す。


「終焉を、視ました。」
「…へぇ、」
「幸せそうに笑ってました、」
「誰が、」
「…皆さんですよ、」


一拍置いて、ふわりと笑う律に、相変わらず嘘つくのが下手くそだなぁと不器用な思考しか働かせられないその頭を叩く。


「った、」
「当たり前だろ、痛いように殴ってんだから。お前の言う幸せそうは、どうせ"人の死なぬ世界"だろうが。そんなのお前の箱庭の頭でっかち潰せば一発で手に入る。だけどな、俺の幸せは、俺たちの幸せは何処にいってんだよ。」
「そ、れは…」
「お前らの後輩が俺の傘下に入って幸せなのかは知らん。結局、裏の世界の住人のままで居るのは変わり無いからな」
「裏の世界なんてそんな事!」
「事実だよ、でもお前は幸せなんだろ!?」


思わず荒げてしまった声が、常とは違っていることに気付かれて、瞳を見開かれる。
バレてんのは仕方ない。血も涙もないと恐れられ、頂点に君臨している俺でも執着するものがただ1つだけあるのだ。


「…っ、こんな薄暗い裏の世界に身を置く俺の居場所を、優しくしたのはお前なんだよ」


震える喉をなんとか止めて、肩を抱いていた掌に力を込める。
人には無い力を有し、権力者の私欲を満たすことだけに働かされてきたコイツが唯一、冷酷非道だと言われ続けていたただの人である俺に望んだこと。


―どんなに眠っていても、どんなに大変なときでも、俺を一番に起こすのは貴方が良い―

あの言葉を言われて、心に決めた。
誰よりも安寧を望むコイツのために、少しだけ世界に優しくなろうと。
そして賭けていた。
人が起こす奇跡とやらを、千里を見渡すコイツに目の当たりにさせるために。


「高野さん、」
「賭けようか、律。」
「…へ?」


きょとんと首を傾けた律の顎先を掬い上げて上向かせながら、言い聞かせるように唇を動かす。ふわり、と笑ってやると途端に頬を朱色に染め上げる律を見て、じわりと胸の内が暖かくなるのを感じた。


「2日後。俺等はあの研究所に殴り込みに行く。だけどお前等は連れていかない。吉野も木佐も、もちろんお前も待機だ。」
「なんでそんなこ…!」
「良いから最後まで黙って聞け」


話の腰を折られる前に先制して、畳み掛けるように言葉を流し込んでいく。
本当の幸せを掴むための賭け事の内容を。


「多分お前は次こそ潜ったら還ってこないし、木佐は壊れる。きっと吉野も三つ倒れになるのは解りきってる。だから俺らだけで行く。何の為の同盟だよ常人様なめんなよ。お姫様は大人しく塔の上で高見の見物してろ。」
「何でそこまでして生かすんですか!」


これ以上は充分なのに、何で死なせてくれないんだと瞳の奥を燃やし始めた緑の瞳を正面から受け止めて、決まってんだろ?と口端を綺麗に上げる。


「お前の隣で生きる事が俺の幸せなんだよ。」


思いもよらないような顔をして固まった律に、気づいてすらねぇのかよド天然がと悪態をつきながら静かにその唇をさらう。
唇を奪われてから事態に気づいて筋肉の落ちた細い腕で抵抗されようとも痛くも痒くもなく、心行くまでその唇を堪能した。


「だから寝てても良いぞ。必ず起こしに来て、絶対に隣に居たいって泣かせてやるから。」
「ななな…っ!」


カッとあの白すぎて同化してしまうのではないかと思っていた頬を真っ赤に染め上げながら金魚のように口をはくはくとしている律を至近距離でみながら、うっとりと笑う。
俺は雪名のように優しくなれなければ、トリのように大人にもなりきれない。
だから決めた。
目の前のコイツを引きずり込んで一緒に幸せになってやる。
ありとあらゆる手を使って四季を堪能して、往生させて、一人でなんて逝かせずに手を握って最後まで幸せな時が過ぎるように尽くす。
それが、俺が出来る唯一の幸せの形の現し方だ。


「さて、俺は一生をお前に賭けて全力で勝つつもりでいるから精々頑張って眠れよ、お姫様」
「っ!どんだけ俺不利なんですか!?」
「俺最近だとカジノじゃ負けなしだからお前は断然負け戦だけど。」


賭ける意味がない!と息も絶え絶えに叫ぶ律に、今までの心労のお返しだバカヤローと言いながら額を弾いて寝台から腰を上げる。


「じゃあ、精々4時間話できるくらいには体力戻しておけよ、律くん。」


ひらり、と後ろ手で降った掌を見ながら、きゃんきゃん喚く律が、今にも泣き出しそうな瞳で俺の背を送っていることなど気付かない振りをして、俺は次に会ったら気絶させるまで律の唇を奪う算段を立てながら暗い廊下へと足を戻していく。


2日後、全てが決まるその命運は、きっと、ただの人である俺たちの思いの丈にかかっている。
消えようとする掌を掴み引き寄せられたかは、しつこい常人に見初められた、あの姫様達だけが知っている。





雪月花
(四季折々を感じながら君の幸せの形を埋めて行く。君のその隣で、何処にも行かせないと独占欲を隠そうともせず、瞳に愛しいという思いを滲ませながら)




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