※特殊設定有りのマフィアパロ
血が苦手な方、過激な表現が苦手な方はご注意下さい。




「そう、お疲れ様。気を付けて帰ってきてくださいね。」


ピッと雪名からの通話を切ると、途端に喉からせり上がってくる咳に、吉野は咳き込んだ。


「おい、千秋!」


血相を変えて駆け寄って、背を擦る所か抱え込んでそのまま寝台に連れ込まれそうな色を含んだ羽鳥の声に牽制をするように片手を前に出す。背中を丸めて激しく咳き込まなければならない事態に、参ったなぁと他人事の様に心の内で思いながら、ごほごほと嫌な音をたてる咳を止める努力を吉野はした。


「っはー、大丈夫、ちょっと変な所に入っただけだから。」
「…お前、それ。」


指差された口元を押さえていた掌と眉間の皺を、息苦しさから浮かんだ目尻の涙を牽制していた方の掌で拭いながら窺って、見られちゃったかぁと困ったように淡く笑う。
一先ず見られたものは仕方ないので、ぱっぱと口元を押さえていた方の掌を払うように振ると、重力に逆らえずに赤い滴が白い床に散る。すると、それを見ていた羽鳥が今度こそなまじりをつり上げた。


「っ千秋!」
「あー、羽鳥。それ以上は聞かないよ。これから木佐さんが帰ってくるし、俺には俺の役目がある。それに、俺より頑張ってる人間がいるってのにそれ尻目に俺だけ休めるなんて思う?」


まだ何か言いたげな顔をしている羽鳥の顔に気づかないフリをして、踵を返すと洗面台に向かい、血の着いていない方の掌で蛇口を捻る。流れ出てくる冷たい水に掌を潜らせると、透明な水が血と混ざった薄い赤になり流れていった。あーあ、もったいね〜。と冗談混じりにポツリと溢すと、背後で大きくため息をつかれた。


「そんなに、気張らなくても、お前の替わりは沢山いるんだぞ。」
「おう、沢山いるなぁ。俺より優秀な治療班員なんてわんさかいるぞ。だけど、」


万能薬主は俺だけだからなぁ。と洗い終えた掌で蛇口を閉めて、笑いながら振り返ると悲しそうな顔をした羽鳥と視線がかち合う。そんな顔するなよと心の内で弁明しながら、口を開いた。


「キリングドールと呼ばれる木佐さんの対価を一番肩代わりできて、木佐さんが木佐さんで居られる期間を先伸ばしに出来るのは俺だけなんだよ。」


だから、倒れる訳にはいかないんだと、洗面台の縁に腰を凭れかけながら、白衣のポケットに掌を突っ込んで宣言する。その俺の言葉を、何も言わずにただ腕を組んだまま、物言いた気にそれでも静かに瞳だけで語ってくる羽鳥の姿を見て、コイツは本当に会ったときから何も変わらないよなぁと眉を下げながら笑っているとお前は何でもかんでも笑って誤魔化すなとたしなめられる。


「誤魔化してねぇよ」
「嘘をつけ。お前は昔からそうだ、へらへら笑ったかと思ったら分かりやすすぎる隠し事をしやがって!」


呆れながら、それでも本気で怒っているらしい姿に、まだ俺が万能薬主だ、と羽鳥に教えなかったのを根に持っているらしい事に気がついて、そんなに言って欲しかったのかよ。とくつりと笑うと、再び喉の奥から血臭がせり上がってくる。
万能薬主とは、その血を持ってすればどんな病も治すことが出来る、人が万能薬になった具現例だ。血も肉も、その髪の一本ですら万能薬となるその人種は遺伝によって継統され、その血は別名不死鳥の涙とも言われる。
木佐さんや、夢殿を渡る小野寺さんの様に施設で人工的に操作された能力でないために、幼少期はこの対面している羽鳥と伸び伸びと過ごしていたものだ。それも、あの施設に送り込まれるまでの話であったが。
懐かしい思い出を思い出しながら、ふわりと笑うと、頭を少しだけ下げてまだ死ねないなぁと小さく呟く。

木佐さんの例は特殊すぎて、俺もある程度のリスクを背負う。戦闘の経験を積むと人の神経系の痛覚を失う細胞が脳を活性化させて痛覚自体とその心をも無くしていくので、血を垂らして、はい終わり。と言う訳にはいかないのだ。だから、直接、俺の血を輸血してその細胞の活性化を鎮静しにかかる。
その間、失われた痛覚と心を少しでも取り戻すために、木佐さんの血を俺に輸血して、俺の体内で、少しでも感覚と心の欠片をかき集める。
それが、身を切るほど痛いのだ。流石対価と言うべきか、荒れ狂う痛みと消えたくないと叫ぶ心が内腑を傷付け、肉を抉る。
身体を駆け巡る痛みに意識が朦朧としても、木佐さんが木佐さんで居られるように全力で支えている雪名と、辛抱強く待ち続けて居てくれる羽鳥を見れば耐えられた。
まだ消えちゃいけないのだ、まだ、後少しだけ、守らなければいけない場所のためにも。
ぐっと喉に力を込めて、血臭を喉の奥に追いやり、さぁ、準備するぞと凭れていた腰を上げて歩き出すと、羽鳥の横を通り過ぎるときにぽすん、と頭の上にその大きな掌を置かれる。何事かと、視線を羽鳥へと移すと、優しく見守るような視線を落とされた。


「お前がトリって言わなくなったのは、いつからだったかな。」


ストンと胸の内に落とし込むように紡がれた言葉に目頭が熱くなった。
泣かないと決めたのだ。心を削ってそれでも隣で暖かく笑うあの存在だけは守ると心に刻んでいるあの人と共に頑張るために。
一人で立つと誓ったのだ。いつだって、誰よりも何よりもあの人の元へ帰りたがっている風前の灯火の命を燃やすあの人を一人にしないために。
そして、決めたのだ。


「お前がいっつも千秋千秋呼ぶからじゃねぇの。」


いつまでも変わらず俺を千秋と呼んでくれる、俺を甘やかすのが特別上手いこの暖かい掌が幸せになれるように。


「昔からずっと見てるし、一緒に居るんだ、今更変えようがないだろうよ。」


俺の髪をくしゃりと撫でて、当然のように一緒に部屋から出ようとする羽鳥に掌を掬われながら、行くぞと声をかけられる。


「お前は、変わらないでいてくれよな、」


と隣を歩きながら声に出さずに言葉を紡いで、空気に溶けた口形にどうかという願いを込めながら、この一瞬だけはと、長い廊下を歩みながら安心する掌の温度に瞳を閉じた。






(トリが待っていてくれるから、痛くても、キツくてもまだ、戻って来られる。)
(帰ってこいと、もんどりうちながら痛みと戦うお前にただ願う事しか出来ないけれど、抱き締めるその一番近くで誰よりも待っているから、)




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