明朗になろう。
耐え難い不幸などありはしないのだから。


そう云った偉人はどれほどの不幸の先にこの言葉を紡ぎ出したのだろうと、そう疑問視するのも面倒になるくらい、この場面を何の感情も無しに見つめる自分が居て、思わず笑みがこぼれた。

不幸なんかじゃない。

全ては、
この団服を裏切れたか、裏切れなかったかの差で、それがただ道を隔てたというだけで、
俺がアイツよりも彼女を選んだと云うことは俺の人生の中でアイツは一時の交わりだったと云うことの他意外無い。

根本的に違い過ぎたのだ。

きゅ、と右手を握り締めて古泉の瞳をしっかりと見据える。
そこには倒すべき敵が、瞳に切なさを携えて俺を見つめて居るだけで、それ以上でもそれ以外でもないのだから。


「古泉参謀長、貴方は涼宮総長を裏切られるこの船の敵だ。」
「そうです。私はあちらの軍に寝返る裏切り者です。それを、貴方は黙って見過ごすとでも?」


かつては何度も間近で見た微笑みにほんの少しの冷たさをはらみながら、俺に最後まで諸刃の刃を突きつけてくる。
言葉の通り、いつも俺はコイツに自分勝手にいいように振り回される。
こちらに向かってくる大勢の足音にダンッと拳で非常用の防衛扉を閉めて、シェルターを密閉した。


「引き止めたって、今更どうなることじゃないだろ」
「貴方も大概お人好しですね。今僕を捕まえてしまえばこの軍の機密事項もこの軍の名誉も守れるというのに」
「お前こそバカにするのも大概にしろよ?コッチには情報戦のスペシャリストがいるし、軍の名誉だってあの総長の下じゃいくらでもつくれる。俺だって次お前と会った時にもし自分が玉砕する時はお前を道連れだ」


驚いたかのように軽く目を見張るソイツは今日初めてコッチにいた時の顔をした。


「俺にとってこの船に居るときの古泉一樹はお前がどう思おうと大切な存在だったんだよ」


だから忘れる時間くらい寄越せと小型船を指差しながら背を向ける。


この船に居る間は誰が何と云おうと、どんな罰を受けることになったとしても、俺とお前が一時でも道を交えたと云う記憶が遺っているから。
決して不幸ではなかったこの日々を踏み潰してしまわない為にも。


次会った時まで好きで居させて下さい


なんて
言われるくらいなのだから
俺にとっては決して耐え難い苦痛ではないのだと言い聞かせた。


《了》


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