今日の執務はかなり早く終わったため、アオと共に過ごそうとアオの部屋に来てみたのだが居なかった。
アオが行きそうな場所を虱潰しに行ってみるのだが、まったくアオは居なかった。
これはミドリ殿とカズキ殿に尋ねた方が早いかと思い、二人も探し始めたのだがその二人も見つからない。
探し始めて時計の長針が一周してしまった頃には探す当てが無くなって途方にくれていた。
侍女たちなどにも尋ねてみるが、まったく分からないとしか返ってこなかった。
もう一度部屋を確かめてみるかと歩き始めると、アオ付きの神官であるルチュと廊下の角でぶつかった。
「申し訳ございません、ロード様」
「いや、私が考え事をしながら歩いていたせいだ。それよりもアオを知らないか?」
頭を下げようとするルチュを制しながら、ルチュならば居場所を知っているかもしれないと思い、尋ねてみる。
「アオ様はミドリ様とカズキ様と共に桜の温室に居らっしゃいますが」
そう言えば最近はこの国で唯一根付いた桜がある温室で過ごしていると話していた事を思い出した。
「そうか、助かった。ぶつかって悪かった」
「いえ、お互いまさにございます」
ルチュと別れて足早に温室に向かう。
すべての国の王宮に根付かせた桜は花嫁の花としてアーフィファレストでは知られている。
この国では気候が合わないために温室のみで根付いた、花嫁によってもたらされた桜は異世界より訪れる歴代の花嫁たちの心を慰めてきた花だ。
アオ達に桜がある事を教えると歴代の花嫁たち同様に顔を輝かせて喜んでいた。
花嫁にとって桜とは格別の花。
その桜が開花したのはつい先日だった。
花見をするのだと楽しそうに話していたアオは、早く満開にならないかと気をもんでいた事を思い出す。
淡い桜色が占め始めた、王宮の敷地の三分の一を占めている硝子の建物が見えてきた。
硝子張りの建物の硝子の扉を開ける。
視界いっぱいに広がる桜に、確かに心和ませる美しい光景だと見る度に思う。
石畳の道を進んでいくと、風取りの窓から流れ込んでくる風が散らした花びらを楽しそうに追いかけるアオが美しい絵画のようで目を奪われた。
暫くそうして見ているのだが、まったくアオは私に気付かない。
アオは桜に夢中だった。
何時になったら気付くのかと思い少しの間待つ事にしてみるが、アオはまったく気づいてくれなかった。
アオの視線の先を占領しているのは桜で、私に向く事は無かった。
少し苛立ちを感じ、意を決してアオに近づき後ろから抱き締める。
「わぁ! ビックリした。今日は早く終わったんだな仕事」
私の腕の中から見上げてくるアオの髪には桜の花びらが数枚絡まっていた。
それを取りながら、ああと頷く。
「今日は思いの外、早く終わった」
「今日のお仕事ご苦労様でした」
腕の中で体の向きを変えたアオは背伸びをして、いつものように仕事を頑張ったご褒美と頬にキスをくれる。
いつもならば疲れが取れる心温まる一時だが、心の中にしこりが残っているためにもっと強請るようにアオの頬に頬を寄せる。
「今日はいつもより、甘えん坊だな」
くすぐったそうに首を竦めるアオをちらりと見て、言ってみる。
「暫く前からアオを見ていたのだが、アオは桜に夢中でまったく気付いてくれなかった」
「えっ!? ごめん! ロードの休憩の時に出すお茶に桜の花びら添えたくて、つい、ごめんな……」
しゅんとしてしまったアオの顔を両手が包むように添えて、チュッとアオの可愛らしい唇にキスをする。
先ほど言ってくれた事にしこりは無くなり、心は愛しいとばかり溢れる。
「私のために頑張ってくれていたのだな、ありがとうアオ」
ぱっと輝くように顔が華やぐアオの愛らしさに、ぐらっと来る。
昼間からと自分自身に呆れながら、キスぐらいならとアオに唇を寄せる。
しっとり柔らかいアオの唇を堪能しながら、この時間が続く事を願った。
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