やはり私は、綱吉から離れることはできないらしい。
あれから何度も何度も考えて、考えすぎて新居を探すこともしなくなっていた。
(そして綱吉のもとで働くと決めた勢いで仕事場にもやめる、と連絡を入れてしまった。)
当然時間ばかりが徒に過ぎて行き、ついに今日お世話になっていた家を情け容赦なく追い出されてしまった。相変わらず理由は教えてもらえなかった。なんだか寂しいな…それなりに可愛がってもらっていたはずだったのに、とここまで考えてさらに気持ちが沈んでいくのを感じた。
しかしいつまでもくよくよしていられない。
なんてったって今日は綱吉との約束の日なのである。そして私の働き口兼住居が決まるかもしれないのだ。
家具などはほとんど備え付けの物を使っていたので、たいして多くもない荷物を自転車の荷台に乗せて私はあのお洒落なカフェへ向かうのだった。
「こんにちは」
「やぁ、この間の御嬢さんかな?」
「覚えてらしたの?」
貴女みたいな美しい方一度見たら忘れませんよ、とどうやらこの店の主人らしい男性ははウインクを飛ばした。うーん、流石だ。残念なことに私の容姿はどうあがいても平々凡々なものなのだがそうやって褒められるのはやはり嬉しいもので、ありがとうと言葉を返した。
「ご注文は?」
「今日はコーヒーだけでいいわ、人を待っているの」
「ああ、あのスーツの男性」
「そうそう、幼馴染みなのよ」
「かしこまりました、どうぞごゆっくりと」
主人が店の奥に消えていき、客は私一人のようで聞こえてくるのは落ち着いた曲調の音楽のみとなった。
やはりここは穴場のようだ。
そして何を考えるわけでもなくただぼんやりと店のドアを眺めていた。
「お待たせしました」
そんな声に振り返ってみると、鼻をくすぐるコーヒーのいい香りに小さなケーキが置かれていた。何か言わんとする私に主人はサービスです、とまた素敵な笑顔で言われてしまったのでお礼を言い、ありがたく頂くことにする。やはり美味しいな。
甘いケーキに舌鼓を打ち、コーヒーを一口。
この上なく幸せなひとときだと思う。
顔が緩むのを感じながらまたひとくち、と口へ運んでいるとドアの開く音がして思わずドキリと胸が鳴った。
しかしドアから顔を覗かせるのは待っていた幼馴染ではなく全くの他人であった。
残念なようなよかったような心持になりながら私はまたケーキをぱくりと口へ入れた。