「苗字名前です」
いつもと変わらない、でも確かに可笑しくなった俺の日常の日課である机の落書きを消して静かにHRを聞いていた。少し前まではこんな時間退屈でしょうがなかったくせに、今ではこの時間が少しでも続けばいいと思っているのだ。
そういえば今日は転校生が来るらしい。このクラスは転校生が多いな、と思いながらも俺は嫌な汗が止まらなかった。なにかとても大きな、そう、今このクラスに流れる期待のこもった空気はきっと嵐の前の静けさだ。そんな予感を抱きながら俺は転校生を待っていた。
そして冒頭に至る。
(名前の奴まじで来たー!?)
露骨に嫌な顔になってしまったことには誰にも気づかれなかった。
転校生本人を除いて。
そんな俺を確認すると名前はほんの一瞬笑顔でこちらを見た。
そして彼女は思いもしない行動に出たのだ。
「苗字の席は山本の隣で…」
「あの、先生」
「どうした?」
「あの子の隣が良いです」
そう言って指を指したのは全ての元凶である花野の隣の席だった。
彼女は、どこまで知っているのだろう。どこまで聞いているのだろう。
小刻みに震える膝をどうにか押さえつけ、俺は名前を見やった。
「花野良いか?」
「あ、はい」
「よし、行け名前」
「(命令すんなよクソが)はーい」
「よろしく、ね?苗字さん」
「よろしく!えっ…と」
「花野美華よ、美華でいいわ」
「あははーありがとー花野さん」
先ほどの発言を聞き流したような(いや、実際聞き流したんだろう)名前の態度にその席の周りの空気が一瞬凍りついたのをみて俺はまた冷や汗を流す。
名前まで標的にされたらたまったもんじゃない!!
しかしそんな考えは杞憂に終わり、花野は強張った顔を戻しながら優しげな甘ったるい声で名前に話しかけた。
「そうだ!校舎を案内してあげるわ」
「ありがとーね、でも私幼馴染に案内してもらうから…気持ちだけ受け取っておくね」
「っ!!」
そう言って完全に作り笑いな名前をみて、心なしか花野は顔を赤くしていた。
照れてる…?でも名前は女の子だし男に間違えられることもまずないだろう。一体なんだというのか。
あと名前はあとで屋上に呼び出そう。ちょっと話をつけておかないと。
と、俺が1人で考えている間に話は進んでいた。
「じゃあ、お昼!一緒に食べましょ?」
「え、と」
「…ね?」
「きょ、今日だけなら」
そう言うと花野美香はご機嫌で前を向いた。
あの名前が言い負かされるとは…花野やっぱり怖いよ。