stand by me | ナノ
闇の印
[1ページ/3ページ]

戻ろうかなと言ってから数ヶ月経ってもまだレナはイギリスにいた。

タイムターナーが全部壊れたということをすっかり失念しており、ダンブルドアに会えないまま時間だけがどんどん過ぎて行く。
その間、世界情勢は悪くなる一方だ。
客がする話といえば、どこの誰が行方不明だの街中に亡者が現れただの、物騒な話ばかり。
盾の商品は飛ぶように売れたが、夜間の営業は停止になり、ホグズミード休暇も延期された。

リーマスは1月に出て行ってから1度も帰ってきていない。
もしかしたら、既にレナが日本に戻ったと思っているのかもしれない。

あのときはショックやら何やらで混乱していて、ちゃんとしたお別れも言えていないから、できればもう1度会って話をしたかったが、ダンブルドアに会えるのが先か、リーマスが帰ってくるのか先か、予想もつかなかった。


「騎士団の連絡手段を使おうか?」
『ううん、大丈夫』


トンクスは気を使って何度か手助けを申し出てくれたが、レナはその都度断っていた。
任務とまったく関係のないことで特別な手段を使うことも、それを忙しそうなトンクスにさせることもしたくなかった。


(フレッドとジョージのお店だけはいつ来ても別世界ね)


世間が暗くなれば暗くなるほど、2人の店の明るさは際立っていた。
店内にいる人はみんな笑顔で、1度来た人は必ずまた夢のような空間に浸りにやってくるのだという。
フレッドとジョージは、あの輝く看板のように、暗くなりがちな人々の気持ちを明るく照らしているのだ。


(私も見習おっと)


レナは常に笑顔でいることを心がけた。
どうしても辛気臭い話ばかりになるので、声をかけるときは商品を使いつつ楽しい話題を振るようにした。

しばらく繰り返しているうちに、徐々に客も増え、自然と店の雰囲気も良くなった。
良いことは続くもので、レナはホグズミードにやってきたマクゴナガルにアニメーガスの指導をしてもらったところ、2日も練習しないうちに1人で変身できるようになった。


「あなたにはしばしば驚かされますよ、サクラ」


鳥になったレナを見たマクゴナガルは、よく頑張ったと褒めてくれた。
レナはさすがプロの指導は違うと感心したが、マクゴナガルは急にできるようになった理由を“気持ちの問題”と位置づけた。

そういうものなのだろうか。
魔法の威力が意思に関係することが多いとは聞くけれど、気持ちでどうこうなるなら、去年の3月に完成していてもいい気がした。


「リーマスも喜ぶことでしょう」


ハッとしたレナは、ダンブルドアと話がしたいと頼んだ。
不在が多いが、学校で見かけたら必ず伝えるとマクゴナガルは約束してくれた。


(いよいよか……)


ずるずると延ばしてきた魔法界への旅も、もうじき終わる。

ダンブルドアに会って、帰れることが決まったらリーマスに会おう。
そしてアニメーガスになったところを見せよう。
それまでは会わない。

そう決め、レナは三本の箒に住み込みで働くことにした。

* * *



6月になったある日の夜、レナは店先にダンブルドアの姿を見た気がした。
マクゴナガルからダンブルドアが戻ってきたという連絡は受けていないが、人違いというには特徴がありすぎる格好だ。

レナはすぐに外に出た。
しかし通りには誰もおらず、6月にしては少し肌寒い風が吹き、遠くから野犬の遠吠えが聞こえてくるだけだ。
周辺を捜索する気にはなれなかったが、諦めてベッドに戻る気にもなれず、店の前に立ったり、通りが見える席に座ったりをしばらく繰り返した。


(見間違いだったのかな……)


マダム・ロスメルタにも声をかけられ、いい加減戻ろうと思ったその時、空が不気味に光った。

ほどなくして雲が動き出し、髑髏を形作り始めた。
口から蛇のように長い舌が出てきたところで、レナの背筋に悪寒が走る。

闇の印だ。

数年前に1度新聞で見ただけだが間違いはない。
単語自体はそれ以降も何度か耳にした。
死喰い人が誰かを殺したときに、真上に打ち上げるものだと言っていた。


(うそ、じゃあ、学校で誰かが――)


死というものを意識した途端に動悸が激しくなり、呼吸も荒くなった。
レナはいてもたってもいられなくなり、ホグワーツへ向かった。
おぼろげな足取りは次第にしっかりとしたものになり、林に入る頃には走り始めていた。

長い馬車道をとおり、息を切らして林を駆け抜けていく。
校門が見える位置まできて、遠くから人の声が聞こえた。
叫び声のような、笑い声のようなもので、1つではない。
息を整える間、自分はどうすべきか考え、レナは杖を取り出した。

門のところに、2つの黒い影があるが、敵か味方かわからない。
やられる前にやるのが基本だというシリウスの指導が頭をよぎった。

レナはごくりと喉を鳴らし、忍び足で近づいた。
最初に見えた男は、まったく知らない人物だった。
しかし、次に見えた男の顔で、敵だと確証を得た。


(フェンリール・グレイバック……!)


見間違うはずがない。
幼いリーマスを咬み、今もなお活動を続け、最も残忍な狼人間として手配書があちこちに貼られている男だ。

レナは杖を握る手が汗ばんでいるのがわかった。
あいつのせいでリーマスはと思ったら、何が何でも一撃を入れてやりたい気持ちになっていた。

幸いにも距離はまだ結構ある。
知らない男のほうを不意打ちで失神させれば、杖を持たないグレイバックが襲ってくる前に2・3回は攻撃のチャンスがあるかもしれない――。
そんな考えは、あっけなく消え去った。
さらにあと2人、城の方からやってきたのだ。

そのうち1人は金髪の青年で、ハリーが言っていたドラコという人物の特徴に似ていた。
その青年を押し出すようにしている魔女が、これまた手配書で何度も見た顔――ベラトリックス・レストレンジだった。


(最悪)


明らかに分が悪い。
人数的にも、実力的にも、レナが勝てる要素は何ひとつない。
レナは他の入り口に回るために、静かにその場を去ろうとした。
しかし、最初に来た魔法使いに見つかってしまう。


『エクスペリアームス!』


男が腕を上げたため、反射的に呪文を唱えた。
杖先から出た光は、空中でぶつかって弾けた。
ほっとしたのもつかの間、「誰だい!?」という声で、自分が死と直面していることを知らされた。


「おや、1人かい?勇敢なことだね」


ベラトリックス・レストレンジは、杖をくるくる回しながら、ニタリと笑った。
早く呪文を唱えなければ、逃げなければと思うが、うまく声が出せない。
体も思うように動かない。
あははははは!という甲高い笑い声によって、レナの両足が地面に固定されてしまったかのようだ。


「どうしたんだい?もう終わりかい?」


相手はレナの怯えを楽しんでいるようだった。
「逃げないのかい?」「呪文を忘れてしまったのなら教えてあげようか?」と、子どもをあやすような声で言いながら、じわじわと近づいてくる。


「いいかい、よく見ておくんだよ――」


ゆっくりとベラトリックスの腕があがり、口が開き――杖が振り下ろされようとしたそのとき、別の人物が割って入った。


「何をしているベラトリックス」


スネイプの声だった気がした。
確証が持てなかったのは、走ってきた黒衣の姿をはっきりと見る間もなく、その人物に吹き飛ばされたからだ。
その際、呪文の一部がレナの前ではじけてまっすぐに跳ね返り、とっさに避けたスネイプの後ろにいた魔法使いを吹き飛ばした。


「私の獲物を横取りするんじゃないよ!」


ベラトリックスの怒鳴り声を聞いて、レナは起き上がるのを思いとどまった。
直感的に、このまま死んだふりを続けたほうがよさそうだと思った。
そしてその判断は正しかった。
スネイプと言い合いをするベラトリックスの声は遠ざかり、地面に転がったレナを残して黒い集団は姿くらましでどこかへ消えた。


←前へ [ 目次 ] 次へ→
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -