stand by me | ナノ
別れ(前編)
[1ページ/3ページ]

アニメーガスを完成させることができない――。
その事実が、レナに重くのしかかっていた。

なんとか帰るまでにと思い、最近は寝る間も惜しんで練習している。
それでも1人で完璧に変身できたことはまだ一度もない。
残りは10日もないというのに、焦れば焦るほど集中できず、いままで出来ていたことすら出来なくなる。
ついにシリウスにまで八つ当たりを始める始末で、夜はいつも自己嫌悪に陥っていた。


「……レナ」


名前を呼ばれた気がして、レナは顔を上げて時計を見た。
針は2本とも頂上付近を指している。

月明かりを頼りにドアまで歩き、そっと開けると、リーマスが立っていた。
なぜかものすごく驚いた様子だった。
目を見開き、お化けでも見たかのような表情でレナを見ている。


『あれ?いま呼ばなかった?』
「え……あ……ごめん、起こすつもりはなかったんだ」


言葉に詰まるのも珍しい。
どうしたんだろうと思い、レナは廊下に出た。
耳を澄ますが、何かがあった様子はない。


『たまたま起きてたら声が聞こえた気がしただけだけど……どうしたの?何かあった?』
「いや……」
『……キッチン行くけど、リーマスも来る?』


小腹が空いて寝れなかったということにして、レナは階段を降りた。
視線を彷徨わせていたリーマスが、黙って後ろからついてくる。

夜中にレナの部屋を訪ねてくるなんて――しかも、声をかけるのを躊躇していたっぽいだなんて、どういう風の吹き回しだろうか。
もしかしてリーマスも別れが寂しいと思ってくれているのだろうかと、変な期待をしてしまう。


『あれ?また会議だったの?』


テーブルにごちゃっと空き瓶やゴブレットがおかれたままになっているのを見て、レナは疑問に思った。
定例の報告会なら、昨日やったはずだ。


「キングズリーから緊急の呼び出しがかかってね。集まれる人だけ集まったんだ」
『連日大変だね。あ、ホットミルクとココアとどっちがいい?それともお酒にする?』
「ホットチョコレートがいいな」
『何それカレーは飲み物です的なギャグ?』
「えっ、寝ぼけているのかい?」


リーマスは次第にいつもの調子を取り戻していった。
ホットチョコレートを知らないなんて信じられないと言い、自分で作り始める。
レナは飲み物はリーマスに任せ、片づけを進めた。


「はい、できたよ」


きれいになったテーブルに、マグカップが2つ置かれた。
レナは恐る恐る中を覗きこんだ。
マシュマロが浮かんでいる。
カップを手に取ると、それらがゆらゆらと揺れた。
どうやらチョコレートを溶かしただけのドロドロしたものではなさそうだ。
見た目はココアだ。


『おいしい!』


甘くてあったかくて、ほのかに香るブランデーがいいアクセントになっている。
これははまりそうだと言うと、リーマスは人生損していたねと言って笑った。
平然を装ってはいるが、ずいぶんと顔色が悪い。
満月が近いからと言ってしまえばそれまでなのだろうが、夕飯のときとは違って見える。


「……ダンブルドアが魔法省に捕まりそうになったという話だった」


カップにはいっさい口をつけず、黙ってマシュマロを見ていたリーマスが、ついに重い口を開いた。


「うまいこと逃れたらしいが、どこにいるのかわからない」
『シリウスみたいになっちゃったってこと?それならここに来るんじゃない?』
「だといいんだけど……」


ぼそっと言ったきり、リーマスは黙り込んでしまった。
何を言わんとしているのかわかり、レナも言葉を失った。

“けど”の続きを待ってみるが、一向に次の言葉は出てこない。
静まり返った部屋で、お互いに相手の目を見て動かなくなる。


『あ、えと、留学延長ってことになるのかな?』


リーマスがあまりにも辛そうだったので、耐え切れずにレナの方から話しかけた。


『急でびっくりしたけど、わかった。大丈夫』


本当は大丈夫なんかじゃない。
戻れないという可能性は考えてもみなかったから、まだ混乱していて何も考えられない。
それでも何か言ってリーマスを安心させなければと必死だった。


『もともと仕組みはよくわかってなかったし、あれでしょ?タイムターナーがあればどうにでもなるんでしょ?』
「……タイムターナーは、魔法省が管理している」
『マクゴナガル先生のは?』
「用が済んだときに返却しているはずだ」
『そのうち借りられるって』
「そのうちがいつ来るかわからない」
『えっと……いいよ、それでも。ここ楽しいし』


レナはアニメーガスも完成していないし、まだ覚えたい魔法もたくさんあるしと、あれこれ思いつく限りのここに残るメリットを指折り挙げていった。


「無理をしなくていい」


片手を使いつくしたところで、リーマスに残りの手をつかまれる。
驚いて顔をあげると、リーマスはゆっくりと首を横に振った。


「ダンブルドアが動けなくとも、私がなんとかする。どんな方法を使ってでも、レナを元の世界に戻してみせる」
『リーマスのほうこそ無理しなくていいよ。騎士団の仕事もあるでしょ?』
「そうも言っていられない。元はといえば私が引き起こしたことなんだ。これは私の責任で解決しなければならない」
『でも』
「心配はいらない。必ず方法は見つける。ただ、少し乱暴な方法になるかもしれないから、そこは許してほしい」


何が何でもという姿勢は嬉しいが、怖くもあった。
おそらくリーマスは、ダンブルドアにも無断でやろうとしている。

最初の頃に学校に匿われていたことを考えれば、レナが表に出ることは望ましいことではないとわかる。
魔法省と険悪ムードの今ならなおさらだ。
下手をすればリーマスが捕まってしまう可能性だってある。
ただでさえ自分が日本に帰ってからのリーマスたちのことが気になるというのに、自分の帰還が原因で何か悪いことが起こったらなんて考えたくもない。


『……残れるなら残りたいって言ったら?』
「レナ、私に気を使う必要はない。冷静になってよく考えるんだ。君が戻れないことで起こる問題は計り知れないものがある」
『それはリーマスもだよ。たぶんだけど、勝手に動いたらそれこそ大問題になりかねないと思うよ。イギリスは今大変なんでしょ?』
「よその国のことを心配する必要はない。君は自分のことだけを考えるんだ」
『そんなの無理だよ。だって、もうこっちの人と知り合って、仲良くなってるんだから、他人事じゃないもん』
「他人事だ」


リーマスはぴしゃりと言った。


「君には関係ない」
『あるよ。当事者じゃないかもしれないけど、完全な部外者でもないもん』
「それは私が巻き込んでしまっただけだ。だからこそ早く離れなければならない。ダンブルドアの罪状に例の洋箪笥のことがあるんだ、レナが捕らえられる可能性もある」
『ここは安全なんだし、少しくらい大丈夫だって』
「恐ろしい思いをしたことを忘れたわけじゃないだろう?これから同じようなことが何度でも起こりうる。もっと恐ろしいことが起こる可能性だって――」
『リーマス、私は大丈夫だから!』
「私が大丈夫じゃないんだ!」


大声で言ってから、ハッとした様子でリーマスは口をつぐんだ。


←前へ [ 目次 ] 次へ→
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -