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憂鬱な狼(3)
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食堂を出たリーマスは、歌声を辿ってクリスマスソングの出所へ向かった。
廊下に誰もいないことを確認して中に入り、ドアを後ろ手に閉める。
シリウスは1階の大部屋でクリスマスツリーの飾り付けをしていた。


「飾りはその箱の中だ」


ドアに背を向けているというのに、誰が来たのかわかったようだった。
そしてリーマスが飾り付けを一緒に楽しみに来たのだと思っているらしい。
子ども達にばかり任せていられないからなと上機嫌で言い、足元の箱を指差している。


「いや、私はいいよ。それよりシリウス、話がある」
「クリスマスプレゼントの相談か?」


冗談めいた口調で言うシリウスは、振り返りすらしなかった。


「シリウス」
「聞いてる」


口ではそう言うが、態度はまったく聞く体勢になっていない。
返事は歌の合間にしかしないし、手を止めることもない。
仕方なくリーマスがツリーの反対側に回り込み、シリウスの顔が見える位置に立った。


「どうした?」


防音呪文をかける姿を見て、シリウスはようやく歌うことをやめた。


「何かあったのか?」
「レナに聞いたよ」
「……暖炉の件なら問題ない。ハリーには励ましが必要だった」
「暖炉?何の話だ?」


リーマスが眉根を寄せるのを見て、シリウスはしまったという表情をした。
後頭部を掻き、失言をごまかすように咳払いする。


「で、レナがどうしたって?」
「君に防衛術を習っていると言っていた」
「ああ、そのことか」


シリウスの表情から緊張が消えた。
歌うことこそしなかったが、ツリーに取り付けた光の玉の位置の調整を再開し、鼻をフンフン鳴らし始める。

リーマスは自分の苛立ちが次第に高くなっていることに気づいた。
シリウスはまるで事の重大さがわかっていない。
元気が出たようでよかったと思いながら聞いていたクリスマスソングも、今は煩わしく感じる。


「なかなかいいセンスをしている」
「冗談じゃない」
「ああ、冗談でもお世辞でもない。もう武装解除はできるぞ」
「変身術はどうしたんだ?」
「やってる。だがそればかりというわけにもいかないだろう」
「それだけでいい。余計なことはしないでくれ」
「……余計?」


シリウスの鼻筋に力が入り、鼻歌が止まった。


「またそれか。いったいどこが余計なんだ。いま最も必要なものだろう」
「あの子は3月に日本へ帰るんだ。それまでここで安全に暮らしていればいい。防衛術なんて必要ない」
「その決め付けこそ必要ないんじゃないか?レナも留守番にうんざりしている。たまには連れ出してやれよ」
「君の戦えない不満をレナに背負わせないでくれ」


無責任な言葉に、リーマスのイライラはピークに達した。
シリウスが手にしていた飾りを取り上げ、箱に乱暴に投げ入れる。
シリウスは舌打ちをして台から降り、リーマスと向かい合った。


「私が不満であることを知っているなら外に出せ」
「それはできない」
「それなら私が家でやることに口を出すな」
「シリウス、君がやっていることは――」
「夏にした約束のことを忘れたわけじゃないだろう?」


リーマスの言葉は途中で遮られた。
見えないものに押されるようによろめくリーマスを見て、シリウスが箱に手を入れる。


「忘れているなら思い出す時間をやる。飾り付けを進めているから、すっかり思い出したら声をかけてくれ」


シリウスが指しているのは、レナが飛び出していったときのことだろう。
思い出すまでもない。
よく覚えている。
リーマスは壁に背をつけて目を閉じ、目頭を揉んだ。

* * *



「ま、そうなるよな」


あの日、嵐が去ったような部屋で、シリウスは肩をすくめた。
お前は女心がわかっていないなと言うシリウスを、リーマスはにらみつけた。


「君が話せって言ったんじゃないか」
「そうだが……言い方やタイミングってものがあるだろう」
「嫌がってもここに置いておくわけにはいかないんだから、厳しくなるのは仕方のないことだ」


頬杖をついたシリウスは、レナを連れ戻しに行こうとするリーマスにひとまず座るよう促した。


「少し頭を冷やす時間が必要だ。2人ともな」
「私は冷静だ」
「それなら座れ」


シリウスがトントンと指先でテーブルを叩く。
リーマスは倒れたイスを元に戻し、杖を振って守護霊を出した。
ロスメルタへの伝言を託し、飛んでいく守護霊を追うようにして窓際をうろうろする。

しかし5分と経たないうちに、テーブルに戻って目線を落とした。
いまのリーマスに夏の日差しは眩しすぎた。
しばらくテーブルの染みを見つめ、レナが出て行った暖炉へと視線を移す。


「……シリウス、君はストックホルム症候群というものを知っているかい?」
「いや」
「誘拐された人が、極限状態で過ごすうちに、犯人に好意を抱くようになるというものだ。――レナの場合はまさにそれだ」


軽く目を閉じ、ため息をついたあとにリーマスは話し始めた。
突然違う世界に来てしまったこと、部屋から出られなかったこと、会話をする相手がリーマスとマクゴナガルしかいなかったことなど、説明が淡々と続く。
状況がそうさせているだけだというリーマスの言い分を、シリウスは右から左へ聞き流した。


「私はそれを利用した。レナが私に好意を抱けば――私を悪く言わなければ、罪が軽くなると思った。だから親切にした。笑顔を向け、気があるふりもした」
「まあそういうことにしてもいいが――」


シリウスが何かを言いかけたちょうどその時、守護霊が戻ってきた。
きちんと三本の箒に着いたことと、いつも通り朝まで店で預かるというマダム・ロスメルタからの伝言を聞き、ひと安心する。
その様子を見たシリウスが、席を立ち、マグカップを持って戻ってきた。


「それならお前はどうしてそんなに悩んでいるんだ?そのまま利用すればいくらでも言うことを聞かせられるだろう」


コト……とリーマスの目の前に置かれたマグカップには、怪しい色のドロドロした液体が入っていた。
独特の臭いと、湯気のように立ち昇るものを見ながら、リーマスは眩暈を感じた。
もともとこれ以上はないというほど悪かった顔色からさらに血の気が引くのを見て、シリウスはリーマスの肩を叩いた。


「やはり買っていないと嘘をついているんだな」
「そうでも言わなきゃ、家にいるって言うだろうからね」
「いてもいいじゃないか。襲うわけじゃあるまいし」
「そういう問題じゃないと昨日も話したはずだ」


リーマスはため息をつき、マグカップを手に取った。

今は飲みたい気分ではなかったが、それ以上に会話を続けたくなかった。
シリウスがこの話題を忘れてくれるような何かが起こることを祈りながら、ちびちびと薬を飲み続ける。
しかし何かがあるわけもなく、カップは空になった。

飲み始めたときと同じようにため息をつくと、それを合図ととったのか、シリウスが会話を再開した。


「私にレナを押し付けようとしているだろう」
「まさか」
「レナが私を好きになればいいと思っているだろう?そうすれば自分も諦めがつくと――」
「馬鹿言わないでくれ」
「じゃああの頼みはなんだ?」


シリウスがしばらくの間ここで匿ってほしいと言ったとき、リーマスは条件であるかのように3つ頼みごとをした。
1つはレナのアニメーガスになる夢を叶えてやってほしいということ。
1つはリーマスが家を離れなければならなくなったときに、レナを守ってほしいということ。
1つはレナと仲良くなってほしいということだった。


「レナのためだ。他意はない」
「そうかい。じゃあ私とレナが仲良くしているときに妙な視線を向けてくるのはやめてもらいたいね」
「気のせいだよ」


力ない笑みを見せるリーマスに、シリウスがずいと迫る。
嘘はやめろと、その目が語っていた。


「自分の気持ちに向き合おうとしないのはお前の悪い癖だ。どうしてそうやっていつもブレーキをかける?日本に戻らなきゃいけないからか?そんなの戻った後にまた呼び寄せれば――」
「シリウス!」


リーマスの叫びはもう懇願に近かった。


「今はそれどころじゃない。わかるだろう」


きつく目を閉じ、テーブルの上に肘をついて手を組み、そこに頭を乗せる。
頭痛を紛らわせるように、額を強く指に押し当てた。
その様子をしばらく見ていたシリウスは、やがてため息をついた。


「……わかった。これ以上はもう何も言わない。今後のことも私が説明する」
「ああ。助かるよシリウス。君なら安心して任せられる」
「リーマス、お前はそれでいいんだな?」
「もちろんだよ。彼女の安全のためだ」


何度となく自分に言い聞かせてきた言葉を吐き出す。
作った笑顔がぎこちなかったのだろう。
すべてお見通しといった風のシリウスは足を組んで舌打ちをした。


「最後に1つだけ言わせてくれ。お前が思っている“相手のため”っていうのは、誰のためにもなっていない」
「……わかってる」
「じゃあせめて迎えにいって謝るくらいはするんだな」


強い口調で言われ、リーマスはうなだれた。


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