レナがシリウスの家に移動をして数日も経たないうちに、世間は思った以上に深刻であるということを実感させられた。
というのも、来る人来る人みんながピリピリしているのだ。
もちろん笑顔で挨拶をしたり、食事をしながら冗談を飛ばしあったりすることもある。
しかし、会議中はいつも真剣そのもので、いい話を聞いたことがない。
「ポッターを迎えに行くときの話だが――」
顔中に傷がある義眼の男が言った。
どう見ても悪役のこの男は、マッド-アイと呼ばれている。
本名は他にあるらしいが、見た目と名前のインパクトが大きすぎて忘れた。
いままでの傾向でいくと、この中で1番すごい人はたぶんこの人だ。
なんならダンブルドアを越える実力があってもいいくらいの常人離れした見た目をしている。
「例の裁判の件もあるから早いほうがいいということになった。作戦が固まり次第出発だ」
「作戦なんているの?ただ迎えに行くだけでしょ」
大げさだよと笑う若い魔女が2番目に目立つ。
トンクスという名前の彼女は、髪の毛がオレンジだったり紫だったり、ありえない色をしている。
しかも、染めているわけではなく地毛で、自在に変えられるというのだから驚きだ。
さらに変えられるのは髪の色に限ったことではない。
七変化というらしい。
まさにファンタジー。
「連中がどこで見ているかわからないんだ。移動中に襲われる可能性だってある。油断大敵!」
「わかった。わかったわ、マッド-アイ。見張りと護衛が必要ね、うん」
「私が行く」
「駄目だブラック。お前はここで待機だ」
「どうしてだ!ハリーは私の息子だぞ!」
シリウスが出した大声が、キッチンの石壁に当たってガンガン響く。
マッド-アイはひるむことなく「そういうところだ」と言った。
「お前は慎重さに欠ける。チームワークを乱しかねん」
「だから掃除だけしていろと言うのか?家に閉じ込め、レナのおもりをさせ、ストレスをため、文句を言ったらそれを理由に任務につかせない!よくできた作戦だ!」
「レナにあたるな、シリウス」
「あたっていない!私は事実を言っているだけだ!だいたい、リーマス、私に任務をつかせないわけじゃないと言ったよな?」
「しかし、ダンブルドアが――」
「ああそうだ。ダンブルドアが命じた。だから私は息子を迎えに行くことすら許されない!家でおとなしく指をくわえて待っていろと、そういうわけだ。ちょうどいいことにここは私の家ですからね!」
嫌味とも自分への皮肉とも取れる言い方で叫び、シリウスはテーブルを蹴り上げた。
ガチャンと音を立て、いくつかのゴブレットからワインがこぼれる。
最近のシリウスは別人のように荒れている。
レナから見ても子どもじゃないんだからと思えるような言動をすることもある。
とてもリーマスと同じ年だとは思えない。
(監禁状態だから仕方ないか……)
理由はよくわからないが、シリウスは家から1歩も外に出してもらえていない。
レナと違って十分な実力があり、やる気もあるのにだ。
頭ごなしに言うとおりにしろと言われる悔しさはよくわかる。
だから、レナと一緒に留守番することを“おもり”と言われてもあまり気にならなかった。
「他に手の空いている者はいるか?」
マッド-アイが他に希望者を募ると、いくつも手が上がった。
10人くらいはいるだろうか。
いろいろな人が出入りしているので、来る回数が少ない人はまだ名前を覚えきれていないが、騎士団になるだけあって、みんな個性的なメンバーだ。
「十分な人数だな。あとはあの家のマグルを追い出す口実を――」
「それは私に任せて」
トンクスが手を上げた。
マッド-アイはよしと頷いた。
「当日の本人確認は――」
「私が請け負う」
リーマスが名乗りを挙げた。
騎士団にいるときのリーマスは、学校や家にいたときのリーマスと全然違う。
真面目で真剣で、かっこいい。
そして生き生きとして見える。
シリウスが来てからというもの、自分の知らないリーマスの一面が次々と見えてくる。
嬉しいはずなのに、なんだかちょっと寂しい気持にもなった。
8月に入ってすぐに作戦は決行された。
何事もなく成功したようで、メンバーはハリーを連れてぞろぞろと帰ってきた。
「聞いて。ハリーの家のキッチン、ショールームみたいだったのよ」
手伝う気満々でキッチンに入ってきたトンクスが言った。
モリーがそれを見て心配そうに戸惑う。
トンクスは皿を割ったり鍋を焦がしたりする常習犯だったからだ。
危ないから包丁は絶対に握らせるなと言われていたので、レナは場所を空けて野菜を洗っていたシンクの前をトンクスに譲った。
『そんなにきれいだったの?』
「そう。きれいすぎて人の気配がないの。あの家の人達はみんなマグルなのに、ここよりずっときれい」
『すご。几帳面なんだね』
「うーん、あれは度を越えた神経質かも。ハリーがかわいそう――あ、これを洗えばいいの?」
「すぐに会議が始まるんだから向こうにいていいのよ、トンクス」
「いいの。やらせて」
モリーの遠まわしなお断りに気づくことなく、トンクスは鼻歌を歌いながら蛇口をひねった。
すると勢いよく出た水が野菜に当たり、盛大にはねた。
「ごめんごめん」
謝りながら水量を調整するトンクスからじゃがいもを受け取り、レナは笑いながら皮を剥き始めた。
トンクスはそれを見てひどく感心した。
「そういえばレナって学校に行ってなかったんだって?」
『去年と一昨年はね。その前はちゃんと高校に行ってたよ』
「違う違う、魔法学校よ」
『うん。そっちは行ってない』
いつの間にかダンブルドアが話をしていたらしく、レナが騎士団のメンバーに変に怪しまれることはなかった。
会議に加わることはないが、途中からやってきた子ども達のように部屋に追いやられることもない。
なんとなく食事を作ったり掃除をしたりしながら、空気のようにその場にいることを許されている。
「それにしては料理うまいよね。私なんて7年も通ったのに全然ダメ」
『三本の箒でバイトしてたおかげかな?』
「いいなあ。今度コツを教えてよ」
『じゃあ代わりにトンクスも何か魔法を教えて。できれば何かおもしろいやつ』
「オッケー、取引成立」
他の大人たちが無関心ななか、トンクスはレナによく話しかけてくれた。
話題もレナに合わせて日常会話やリーマスのことを選んでくれるので、とても話しやすい。
「そうそう、リーマスってチョコレートが好きなのかな?」
『特別好きだって聞いたことはないけど、どうして?』
「今日もこの前もポケットに入れてたから」
『えっ、今も持ち歩いてるの?』
「今もってことは昔も?今回はたまたまだって言ってたけど」
『学校にいたときは毎日ポケットに入れてたよ。なんだっけかな……ディメンター?の対策で必要なんだって』
「確かに有効だけど、毎日は、うーん……なんか、言い訳っぽくない?」
『ぽいぽい』
素直にチョコが好きだって言えばいいのにねと2人は小声でクスクスと笑った。
「チョコレートより今はシチュー。それよりトンクス、ほら、会議が始まるみたいよ」
「はーい。続きはまたあとでね」
トンクスは手をひらひらさせ、床に置いてあった樽に躓いて転びながらテーブルに向かった。
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