あっという間に季節がめぐり、春がやってきた。
カラッと晴れる日が増え、雪はすっかり融けたが、風はまだ冷える。
リーマスはレナがクリスマスにプレゼントをしたカーディガンをよく着てくれていた。
気に入ってくれていると思うと嬉しいが、既にくたくたになり始めている様子を見ると複雑な気分だ。
ダメになって捨てられる前に新しいのをプレゼントしたいところだが口実はどうしようかと考えているところに、リーマスがマグカップを2つ持ってやってきた。
「あと1年だね」
なじみのインスタントの紅茶を飲みながら呟かれた言葉がレナの心に漣を立てる。
何のことを言っているかすぐにわかったが、レナは気づかないふりをした。
「レナが帰る日だよ。ちょうどあと1年後だ」
『……よく日付まで覚えてるね』
「誕生日だからね」
『え、誕生日?』
「うん」
『誰の?』
「私の」
『3月10日?』
「うん」
『今日?』
「そう」
『えー!聞いてない!』
「ははは、そりゃ、言ってないからね」
リーマスはレナの反応に満足がいったらしく、ご機嫌な様子で紅茶を飲んだ。
“レナはいじめられるのが好き”と勝手に決めつけてから、リーマスはことあるごとにレナをからかった。
リーマスが元気ならそれでもいいかと思ったレナがあまり文句を言わなくなったせいなのか、徐々にその頻度が増している。
そろそろ文句のひとつでも言ってやりたいところだが、“誕生日”という事実が、今日くらい大目に見ようという気にさせる。
そこまで計算済みなんじゃないかと思えて仕方がない。
『言ってくれればプレゼントの準備したのに』
「それじゃ催促しているみたいじゃないか」
『いいじゃん別に。ていうかその理屈でいうと今の流れは実質催促?』
「そんなつもりはなかったけど、くれるなら喜んで受け取るよ」
リーマスはニコニコと嬉しそうにした。
そんな顔をされたら、もうあげるしかない。
が、当日というのがやっかいだ。
今日はアルバイトがあり、クリスマスのときのように早起きをしたわけではないから出勤前に買えるわけでもない。
(昼休憩に走ればなんとかなるかな?)
事前に買うものを決めておき、ダッシュで行ってダッシュで戻れば、たぶん買える。
ご飯は食べられなくなるが、三本の箒でつまみぐいすればいいだろう。
(何がいいかな)
ホグズミードにあるものの中からと考えると、やはりカーディガンが無難な気がした。
もしくはお菓子。
学生時代を思い出せる悪戯グッズは――実験台にされそうだからやめておいたほうがいいだろう。
「ナンデモケンがいいな」
『……はい?』
出かける準備をしながらあれこれ考えていたレナに、催促を通り越してプレゼント指定がきた。
しかも、なんか意味わからないやつ。
「去年カタタキケンをくれたじゃないか」
『肩叩き券、ね』
「それの何でもバージョン。今日1日私の言うことを聞くっていうのはどうかな?」
『えと、ごめん、よくわからない』
突拍子もない提案に、レナの頭はついていかなかった。
もしや聞きとり間違いではないかと思ったくらいだ。
いい大人が言うことじゃないし、肩叩き券のパシリバージョンなんてないのだよ。
「ああ、でも、そうか。今日は仕事か」
唖然としているレナを放置し、リーマスは勝手に1人で次を探し始めた。
「遅刻するよ」とレナにコートを手渡しながら、何かひらめいたような顔をする。
「お店に行こうかな」
『え、どこの』
「三本の箒」
『なんで!?』
「働いている姿を見たことなかったからね。あと誕生日祝いに何かおごってよ」
『ダメダメダメダメ!』
あそこにはレナの涙ぐましい無駄な努力を知る人々がいる。
常連客とリーマスの接触はなんとしてでも避けたい。
『プレゼントは買ってくるから夜までお楽しみ!』
そう何度も念を押し、レナはコートを受け取って家を出た。
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