魔法界の初給料をもらったレナは悩んだ末、マクゴナガルへのお礼を買うために使うことにした。
アルバイトの帰りに魔法ファッション店に寄って帽子を選び、ついでに郵便局に戻って発送をする。
すっかり遅くなって帰ると、家の前でリーマスがうろうろしていた。
(何してるんだろ)
外出帰りにしては家に入る気配がないし、散歩にしては距離が短い。
時間帯のせいか、表情も暗く見える。
レナが声をかけると、リーマスは安堵の表情を浮かべて駆け寄ってきた。
「どうしたんだ遅かったじゃないか。探しに行こうかと思っていたところだった、何かあったのかい?大丈夫?」
『う、うん。大丈夫』
何かあったのか聞きたくなるのはこちらのほうだ。
確かに遅くなると伝えてはいなかったが、1〜2時間程度だし、夏だからまだ明るい。
取り乱すほどのことじゃない。
『マクゴナガル先生にプレゼントする帽子を買ってたの。去年のお礼にと思って』
「そっか。いい帽子は見つかったかい?」
『うん』
「それはよかった。さあ家に入ろう。お腹がすいたよ」
お腹を押さえながらニコニコするリーマスに、先ほどまでの暗い影はない。
見間違いかと思ったが、夕飯を準備して戻ると、リーマスはまた同じ顔になっていた。
『リーマス?』
「ああごめん、いま片付けるね」
リーマスは料理を置く場所を作るために、テーブルに広げていた新聞を片付けた。
その流れと表情の変化があまりに自然で、逆に不自然さすら感じられた。
知られたくない何かが書かれているのだろうかと勘繰ってしまう。
『何か事件でもあったの?』
「いや、たいしたことじゃない――」
そこまで言って、黙ってしまった。
(具合悪いのかな?)
満月が近いし、顔色が悪いように見える。
話しかけることで無理に笑顔を作らせるのも悪いと思い、レナは黙々と夕飯を食べ続けた。
「レナ、話がある」
店でもらってきたプリンをデザートに食べ終えたところで、リーマスが長い息を吐いた。
「下手なことを言って不安にさせたら悪いなと思って悩んだんだけど、知らないままなのも危険だから、説明しておくよ」
リーマスは何かを決心したような表情で新聞を広げてレナに見せた。
最初に目に入ったのは、不気味に動く大きな白黒写真だ。
ドクロの形をしたような雲から、白い光のようなものが出ている。
「闇の印だ」
長い人差し指が写真の上に置かれた。
続けて印について説明してくれたが、帰宅時間が遅かったのを心配する理由には結びつかないように思えた。
“クィディッチ・ワールドカップでの恐怖”と見出しがついた記事をざっと読んでみても、印象は変わらない。
『犯罪者がうろついてるから夜道の1人歩きはダメってこと?』
「それもある。連絡がないと心配だからね。でもそれだけじゃない」
『他……ホッグズヘッドとか?』
「え?」
リーマスの表情が険しくなった。
どうやらハズレのようだ。
ハズレというか、やぶ蛇というか――とりあえずなんか怖い。
「ホッグズヘッドで何かあったの?」
『ううん。その死喰い人ってのが出入りしているかもしれないって、お客さんやロスメルタさんが話していた気がするだけ。気のせいかも』
「いいかい?絶対に近づいちゃ駄目だ。絶対にだ」
『特に用がないから行くことはないと思うけど……』
「ちょっと見に行こうなんて思わないことだ。約束できるね?」
『うん……』
「レナ、いいね?」
『は、はいっ』
「いい子だ」
念押しするときだけ目が笑っていなかった。
リーマスがここまで真剣に言うのだから、本当に危険なんだろう。
少なくとも、無断で夕飯を遅らせたレナを不安がらせ、『もうしません』と言わせるための嫌がらせや脅しではなさそうだ。
が、正直いまいちピンとこない。
昨日も、今日も、平和そのものだった。
『ロスメルタさんに聞いたんだけど、ダンブルドアって実はすごい人なんでしょう?』
「ダンブルドアはヴォルデモートが恐れるただ1人の魔法使いだ」
『じゃあ大丈夫じゃない?』
「ダンブルドアだって全ての場所を同時に見れるわけじゃない。……レナ、わかってほしい。君の身に何かあったら私は悔やんでも悔やみきれない」
責任感や罪悪感からくる言葉なのだろうということはわかっている。
それでも、真剣な表情を前に、帰宅時の様子を思い出せば、どうしてもドキドキしてしまう。
ハロウィーンの日も、レナの無事を確認するために血相を変えて部屋に飛び込んで来てくれた。
通勤用に煙突飛行ネットワークを組み込んでもらおうかと言い始めるリーマスに『過保護だよ』と言いながら、リーマスが心配してくれるならちょっとくらい危険でもいいなと不謹慎なことを思った。
次の日、レナは郵便局の主人に頼んで自分用に新聞を取ることにした。
知っていることが増えると、自然と会話もわかるようになってくる。
日刊預言者新聞はあてにならないと言う人もいたが、魔法界のことについてほとんど知らないレナにとってはどんな情報でもありがたかった。
雪がチラつく季節になるころには、少なくとも“ハリー・ポッター”という人物がどれほどすごい人物なのかということくらいは理解できた。
というか、そのくらい“ハリー・ポッター”の記事ばかりになっていた。
そのハリーが来るかもしれないと話題になり、11月末の土曜日はホグズミード村が人で溢れ返った。
休暇を楽しむホグワーツの生徒や先生に加え、記者や野次馬のような人たちまでやってきている。
平日でも人が多い三本の箒は大忙しだ。
レナはロスメルタに頼まれ、いつもより早く郵便局の仕事を切り上げて店の手伝いに入った。
『あの人達もハリー・ポッター狙いですかね?』
「でしょうね」
空いたグラスを片付けながら、レナは店の一角に陣取る2人組を見た。
数ヶ月前からこの村に滞在しているリータ・スキーターとその友人のカメラマンだ。
記者と聞いたときはなんだか有名人に会った気分になったが、あてにならない記事を書いている張本人だと知ってからは、興味が薄れた。
というか、近づいてはいけない人リストに入れられた。
リーマスに。
おそらくハリー・ポッターを待ち伏せしているのだろう彼女らは、ハリーが訪れる気配がないことに痺れを切らしたのか、1時過ぎになると出て行った。
『ありがとうございましたー!いらっしゃいませー!』
今日だけでももう何十回目かわからないセリフを言いながら店の入り口を見ると、入れ替わりに入ってきた4人組の中に見覚えのある人がいた。
赤毛で背が高くて――確か名前はロンだ。
去年、ハリーと一緒にいるところを何度か見ている。
叫びの屋敷での事件のときもいた。
「あれ、君……」
向こうもレナに気づいたらしい。
注文に来たロンが、不思議そうな顔をしてレナのことを見ている。
「なんだ、ロン」
「ロスメルタからもう目移りか?」
ロンによく似た同じ顔の2人がロンをからかった。
「そんなんじゃないよ!」と言いつつ、ロンはレナから視線を外さない。
誰だったか思い出そうとしているような雰囲気だった。
「それにしては熱心に見つめちゃって」
「隅に置けないな、ロニー坊や」
「違うって!」
あまりに2人がからかうので、ロンは怒りで顔を真っ赤にし、ジョッキを持ってテーブルに行ってしまった。
1度しか会ったことがないし、ロンは気絶をしている時間が長かったから覚えていないのだろう。
しかし、少しあとにやってきたハーマイオニー・グレンジャーは違った。
レナを見るなり「あっ」と声をあげ、驚いた表情になった。
「……バタービール2つ」
注文をしてからも、バタービールを注ぐレナをじーっと目で追っている。
動作はロンと同じだが、ハーマイオニーはロンとは違って確信を得ているようだった。
『どうぞ』とレナがジョッキをカウンターに置くと、ハーマイオニーは代金を払いながらためらいがちに口を開いた。
「あの、ええと……」
『ルーピン先生なら元気です』
「そう……それはよかったわ……」
ハーマイオニーがそわそわと落ち着かない様子で周りを見ている。
聞きたいことがあるが聞けない――もしくは聞こうかどうか迷っているようだった。
「あー、ええと、よろしく伝えてください」
結局それ以上は聞かず、バタービールを2つ持ってハーマイオニーはリータ・スキーター達が座っていたテーブルに移動をした。
1人で2つ?とレナが首をかしげていると、ジョッキが1つ消えた。
透明マントだとすぐにわかった。
ハリー・ポッターが来ているのだと、ピンとくる。
(また隠れてデートかあ……)
どんな話をしているのか気になるが、さすがに立ち聞きをするのははばかられたし、そんな暇などなかった。
次から次へとやってくる客の対応に追われているうちに、いつのまにかハーマイオニーもロンもいなくなっていた。
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