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新しい生活
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その日、レナはリーマスと一緒にホグワーツを出た。

たどり着いた新しい家は、お世辞にも立派とはいえないものだった。
壁のレンガはところどころ欠けているし、窓ガラスは曇っている。
玄関の戸の建てつけも悪く、開けるときに不気味な音を立てた。
中は暗く、クモの巣が張っている天井や壁にはところどころ染みがある。

あの満月の晩に行ったボロボロの屋敷のようなひどい状態ではないが、それなりに年季が入った建物だ。
本人が事前に何度も釘をさしていたのは謙遜の類ではなく事実だったようだ。


「やっぱりやめればよかったって後悔してるんじゃない?」
『掃除すればきれいになるよ』


きっと1年間放置していたからだと、レナは壁にあるヒビに逃げ込む小さなクモを見ながら思った。
修復魔法があるのにこんな状態になるなんて、魔法界はよくわからない。


「だといいけどね。幸いにも時間だけはある」


自分自身に皮肉を込めて言いながら、荷物を置き、リーマスは杖を振った。
クモの巣が消え、明かりが灯っただけでも、ずいぶんマシに見えた。


それからの1ヶ月間は、ほとんど部屋の修理に費やされた。
暑い夏を乗り切るための冷房はもちろんなく、窓を全開にして汗だくになりながらの作業が続く。

マクゴナガルに教えてもらった魔法はかなり役に立った。

なかなか成功しないこともあるし、知っている魔法では対応できずに自分の体を動かしてなんとかしなくてはいけない部分もあったが、それでもずいぶん楽ができたほうだ。
マグルの目があるから大きく改造することはできないとリーマスは言ったが、外から見えない部分をきれいにして、小物を変えていくだけでも十分見違えるようになる。


「レナが変身術が得意で助かったよ」


アンティーク調に様変わりした室内を見ながらリーマスが言った。
ほどほどでいいと思っているらしいリーマスは、毎日が大掃除のレナとは違い、途中から手を出していない。

代わりに新しい仕事を探しに出かけているのだが、いい顔をして戻ってきたことはなかった。
顔色を見る限り、今日も駄目だったようだ。


『……大丈夫?』


くたびれた様子はいつものことだが、今日は一段と疲れて見える。
具合でも悪いのかと聞こうとして、そろそろ満月が近いことに気づいた。


『そういえば薬は飲まないの?』
「脱狼薬は高価なものなんだ。薬を作れるセブルスが学校にいたのは、私にとって本当に幸運だった」
『あの人、見かけによらずすごい人なんだね……』
「見かけによらずなんてセブルスが聞いたら怒るよ」


笑って答えるリーマスは否定はしなかった。


『引き続き作ってもらえないの?』
「私は彼に嫌われているからね。自業自得なんだが……。ホグワーツにいたときに作ってくれていたことだけでも感謝をしなければいけない。ダンブルドアが頼んでくれたからだとしてもね」
『リーマスは大人だなあ』


こんなに人の良いリーマスが、どうして嫌われているのか謎だ。
あのときのスネイプの様子を見る限り、嫌われるどころか尋常じゃないくらいの恨みを買っていそうだ。

何があったのか気になるが、聞くのは怖い。
というか、聞いてはいけない気がする。
たぶんおそらく――というか間違いなく、ときどき見せる腹黒い一面が原因なのだと思う。
1人の人間をあそこまで追い立てるような何かが笑顔の下に隠されていると考えると、狼人間であることよりもずっと恐ろしいことのように思える。


『ん?薬がないってことは、変身しちゃうってこと?』
「そうなるね」


リーマスは微笑みのまま眉尻を下げた。
レナはまだアルバイトを始められていない。
いよいよ野宿かと覚悟を決めかけたところへ、1通の手紙が渡される。
差出人は、ダンブルドアだった。


「ちょうど満月の日だ。私のことを気にせず、正直に気持ちを話してくるといい」


アルバイトの当てがいくつか見つかったから、近況報告がてら会えないかという内容だった。

* * *



やってきたのはホグズミード村。
通り沿いに店が並ぶだけの小さな村で、遠くにホグワーツ城が見える。
駅のような場所でダンブルドアと落ち合い、リーマスは明日の朝に迎えに来ると言い残してどこかへ行ってしまった。


「新しい生活には慣れたかの?」
『うん。掃除しかしてないけど』


レナはここ1ヶ月の出来事を話しだしたが、すぐに会話どころではなくなった。
驚いたことに、歩いているだけでいろんな人から声をかけられるのだ。
みんながみんな、ダンブルドアに気づくと笑顔で歩み寄ってきて、挨拶をしたり握手をしたりしていく。
この人もまた見かけによらずすごい人のようだ。


「まずはここじゃ」


ダンブルドアはふくろうのレリーフが掛けられている細長い建物のドアを開けた。
店の奥から鳥が羽ばたく音や鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。
どうやらペットショップのようだ。
もしかしたら鳥類――ふくろう専門かもしれない。


「おおダンブルドア、お待ちしておりましたぞ」


小洒落たチョッキを来たぼさぼさ頭の小さな老人が立ち上がって2人を出迎えた。
鳥の巣のような白髪にはゴーグルのように分厚い眼鏡が乗っている。


「助かるよ。最近小さな文字が見づらくてね」


初老の男性は言い、仕事の内容を説明し始めた。
ペットショップだと思っていた店は郵便局だったようで、住所を見て、適したふくろうに振り分けていく作業が主な仕事になるようだ。
長距離を飛べるふくろうと、新米でまだ決まった地域にしか行けないふくろうなど、様々らしい。

文字を読むなら安心だ。
鳥類の生態を知ることはアニメーガスの勉強にも役立つだろうという考慮もありがたい。


「さて次は三本の箒じゃ」
『ほうき!?』


郵便局を出て、目的地を告げられたレナは浮き足立った。
魔女っ子といえば杖、変身、箒の3点セット。
変身術のための郵便局に続けて箒の店を紹介してくれるなんて、すばらしいおもてなしだ。
去年1年間、大人しく軟禁されていた甲斐がある。


「残念ながら箒の店ではないの」
『えっ』


そんな馬鹿なと思ったが、次に連れていかれたのは外国映画で見る大衆酒場のような場所だった。
活気溢れる店内は木造で、石造りのホグワーツに比べて暖かい印象を受けた。
天井は高く、広く開いた吹き抜けのような空間にはつり橋状の通路がいくつも掛けられており、奥の螺旋階段やドアにつながっている。


「せっかくじゃから休んでいくとしよう」


ダンブルドアは入り口で立ち尽くしていたレナをカウンターに誘った。
まだ店名詐欺の衝撃から抜け切れていなかったレナは、ダンブルドアが「バタービールを2つ」と言ったことで我に返った。


『待って、私まだ未成年』
「はて?」
『ビール無理。アルコール飲めない』
「心配せんともバタービールはホグワーツの生徒でも飲めるものじゃよ」
『子供用ビールみたいなかんじ?』


店名に引き続きメニューまで紛らわしい。
次々に新しいものに出会えるのは楽しいが、覚えるのが大変そうだ。


「それから魔法使いは17歳で一人前の成人として認められる」
『じゃあ私は魔法使いとしては一人前ってことになるんだね』


ほとんど何もできないのに変なかんじだ。
とりあえずここでバイトをするならダンブルドアがいるうちに聞けることは聞いておいたほうがいいだろう。
初めて聞く名称はないかメニューに目を通していたところで、ジョッキ片手に女性がやってきた。


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