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選択のとき(後編)
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マクゴナガルに連れられてやってきたリーマスの部屋はきれいに片付いていた。
昨日の夕方にここに来たときは、いつもと変わらず物で溢れていたはずなのに。


(試験が終わったからじゃないよね?)


学校にいられなくなるかもしれないという話を思い出し、レナは隣に立つマクゴナガルを見た。
マクゴナガルは話をしたときと同じような残念がる表情で、片付けを進めるリーマスのことを見ている。


(やっぱり辞めさせられちゃうんだ……)


しゅんとなるレナの肩に手を乗せ、励ますように数回優しく叩いてから、マクゴナガルはレナを部屋の中へと押した。


「じきにダンブルドア校長が来ます。ルーピン先生、サクラをお願いします」
「わかりました。マクゴナガル先生も、ご迷惑をおかけしました」
「とんでもない。今回の件は誰も悪くないと思いますよ」


元気のない会話をし、マクゴナガルがレナを置いて出ていく。
しばらく気まずい沈黙が続き、レナはドアの前につっ立ったまま、片付けを進めるリーマスの姿をぼーっと見ていた。

いつもは笑顔で話しかけてくれるリーマスが、一切レナを見ようとせず、無言を貫いている。
原因を作ったレナに怒っているんだろうなと思った。
レナから話しかけようにも、なんと声をかけたらいいかわからない。
水魔を小さくして瓶にしまったところで、リーマスが背中越しにレナにソファに座るよう言った。


「……怪我はない?」
『魔法で治してもらったから大丈夫』


ようやく口を開いてくれたものの、顔は机の上に積みあげた本や瓶のほうを向いたままだ。
レナと目を合わせようとはせず、隣の部屋からトランクを持ってきて、机の上のものを次々に詰め込んでいく。


「驚いただろう。怖い思いをさせて悪かったね」
『うん……ネビルって子がボガートで出した気分わかった……』
「ん?」
『スネイプ先生って人』
「そっち?」


黙々と作業を続けていたリーマスは、驚いて手を止めた。
振り返って見せた顔に、怒りの色は見られない。
ほっとしたレナは、『あとグリムも』とつけ加えた。


『リーマスこそ大丈夫だったの?あんな大きくて凶暴そうな犬に襲われて』
「えっ、と……私が変身するところ、見ていたよね?」
『見たけど……』


昨晩のことを思い出し、レナは自分の体を抱くようにして両腕をさすった。
その様子を見て、リーマスが眉を下げてやっぱりねという顔を作った。


『あ、違うの』


レナはリーマスの勘違いを訂正するために声をあげた。
リーマスが狼に変身した自分のことを言っているのだということはわかる。
でも、思い出すだけでも恐ろしい巨大な犬のせいで、リーマスのほうはまだ実感が湧かないというのが正直なところだった。


『びっくりしたし、怖かったよ』
「そうだろうね。無理もない」
『けど、怖さよりも犬に似てなくてよかったという気持ちのほうが今は強いかも……』
「え?」
『や、だって、狼になるって言ってたから』
「狼だったじゃないか。しかも、化け物の」
『そうなんだけど……』


どう説明したものかとレナは悩んだ。
英語で今の気持ちをうまく伝えられる自信はなかった。
それにこれはおそらく同じトラウマを持つ人にしかわからない感覚だと思う。
それなのに、リーマスはレナの言葉の続きをじっと待っている。
何か言わなければというプレッシャーがレナを襲った。


『魔法界って変なものいっぱいあるじゃん?さっき瓶に詰めてたグリーンなんちゃらとか、しもべ妖精とか、動く木とか。そういう見たことない生き物を見るのと同じ感じ?最初は未知との遭遇っていう意味で、何あれ気持ち悪い怖い!ってなるけど、慣れればそうでもない……みたいな?』
「人狼としもべ妖精は違う。しもべ妖精は無害だが、人狼は咬まれれば取り返しがつかないことになる」
『あー、咬まれて痛かったらトラウマになるかも』
「そういう問題じゃないだろう?」
『ごめん……感覚ずれてるみたいで……でもやっぱり、咬まれるにしても犬の方が嫌だなって思っちゃう』
「……」


リーマスは驚いた表情に戻り、何度か瞬きをした。
そして突然、かわいた笑い声を発した。


「はははっ、本当に犬だけがダメなんだね。まいったな、降参だ」


リーマスは頭を掻き、その後「あーあ」と大げさなため息をついて伸びをしながらソファに座った。
くたくたなソファは体重を支えきれずに変形し、リーマスの上半身はほとんど天井を向いた。
視線を辿って天井を見ると、青い折鶴が浮いていた。


『なんか……ごめんね?』
「ん?」
『リーマスのこと誤解してた。本当のことを教えてくれてたのに、全然違うこと考えちゃって……』
「いいんだ。無理もない。変に隠そうとしていた私が悪い」


リーマスがため息にも取れる、長い息を吐く。
とても疲れているように見えた。


「レナと出会えてよかったよ。この1年退屈しなかった……楽しかったよ」


嬉しいことを言われたはずなのに、素直に喜べないのは、言い方とリーマスの表情に何かひっかかるものを感じたからだった。
それは思い出を語るような――全て過去のこととして片付けようとしているように見えた。


「君は立派な魔女になれるよ、レナ」


リーマスは立ち上がり、数ヶ月間吊り下げられっぱなしだった折鶴を天井から外した。
羽の部分を嬉しそうに眺め、壊れないように気をつけながらたたんでポケットにしまう。
変身のときに裂かれたローブは、以前にも増してボロボロになっていた。


「私は今日ここを去る。君をこちらに連れてきていながら、責任を持って送り返すことができなくて申し訳ない。こんな怖い思いをさせる前に、楽しいことだけ学んで、帰ってもらいたかった」


向けられた笑顔は、マクゴナガルが見せた表情よりもずっと残念で寂しそうに見えた。


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